小説

『コンの銀杏』鴨カモメ(『ごんぎつね』)

「お紺は本当にべっぴんだなぁ。あの透けるような肌見てみろよ、たまらないぜ」
 ふらりと兵十の家に立ち寄った加助が、庭先にいるコンを見ながら鼻を伸ばす。日々強くなる日差しに兵十も加助も真っ黒に日焼けしていたが、コンの肌はいつ見ても真っ白のままだった。蚊に食われた腕をポリポリと掻いている兵十を見て加助は首をかしげる。
「お前のどこが良かったんだかなぁ。お紺くらいべっぴんなら他の男が放っておかないだろうに」
 加助はふと先日町で聞いた噂話のことを思い出した。
「そういえば最近、領主さまが代替わりしただろ? で、この新しい領主様が色好きらしくてな。領地内の美女を手あたりしだい側に置いているって噂だ。
 しかも、夫がいれば離縁させてまで自分の女にするっていうんだから正気じゃない。
 だが離縁した夫は大金を手に入れて、女の方は城でなに不自由なく暮らせるから、どの夫婦も喜んで離縁するらしいんだよ。情もへったくれもないひでぇ話だろ?」
 加助は噂好きで調子のいい男なので、その手の話が大好きだった。兵十は聞いているのかいないのか、黙ったまま団扇でまとわりつく蚊を追いやっている。話し相手としては不足しそうな兵十だが、加助のくだらない話に長々と付き合えるのは兵十くらいのものだった。
 加助はコンに聞こえないように兵十の耳元に寄り、声を小さくした。
「お前も気をつけろよ、兵十。女はきれいな着物が着られて、旨いものが食えれば尻尾を振って乗り換えるぞ」

 庭から戻ったコンは加助が兵十に耳打ちをしているのを見てあきれ顔をした。
「また変な話を吹き込まないでくださいよ」
 突然話しかけられた加助は慌てて兵十から離れると茶をこぼしそうになった。
「おっと、驚いた。なに、男はくだらない話が好きなのさ」
「好きなのはそちらさんだけでしょ」
 コンはそう言うと庭で土を落とした大きな南瓜をドスンと家の中に置いた。
「こりゃ立派な南瓜だ! 俺の顔よりでかいぞ。今日のおかずかい?」
「いいや、お土産よ。どうぞ持って帰ってくださいな」
 にっこりと笑いかけるコンに加助は苦笑いをした。この蒸し暑い中、重い南瓜を持たせてやろうなんて考え付くのはいたずら狐の性分だろう。

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