小説

『コンの銀杏』鴨カモメ(『ごんぎつね』)

 いつもなら聞き流している兵十がめずらしく迷惑そうな顔をした。
「紺は怪我をして寝ているだけだ。だから小判は返す」
 加助が驚いて家を覗くと、そこには静かに寝息を立てるコンの姿があった。
「なんだ! 生きていたのか! 俺はてっきり……。戻って来たなら早く言えよ」
 すると加助は土間に置いてあるはずの火縄銃がないことに気付いた。
「おい、兵十、火縄はどこにいった? お紺のために狩りでも行くつもりか? やめとけやめとけ、畑仕事しかしていないお前が撃っても獲物には当たらねぇよ」
 寝ているコンの身体がぴくりと動いたが加助はそれに気付かない。
「さて、お紺が生きているとあれば、早く村のみんなに伝えなきゃいけねぇな。みんなお紺が死んだと思って湿気た面をしてやがるんだよ」
 加助はそう言うと急いで来た道を帰って行った。

 加助が帰ったのを見計らってコンは起き上がった。身体のどこにも穴は開いていない。しかし、少し動かすとどこもかしこも痛みが走った。それもそのはずで駕籠ごと崖に放り出されたコンは全身を打ち付けていた。人間であれば命はなかったが、狐であることが幸いし、落ちて行く駕籠から逃げ出して一命をとりとめたのである。
 外に出るとそれに気付いた兵十が、すぐに駆け寄ってその身体を支えた。
「起きて大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫。加助のやつ、ひとを勝手に殺しやがって。でも兵十については言う通りだな」
 コンは笑って言った。加助の言うように兵十の撃った弾はコンにかすりもしていない。撃たれたと勘違いしたコンはそのまま気を失っただけだった。
「弾が当たらなかったのは俺の腕が悪いからじゃないさ」
 兵十は銀杏の木を見た。木には小さな穴があいている。弾はコンではなく木に命中していたが、兵十にはそれが偶然と思えなかった。

「あ! せっかく持ってきたのにひどいじゃないか」
コンは木の下に落ちたままになっている栗の枝を見て言った。
「すまんな。お前が倒れてそれどころじゃなかった」

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