小説

『野ばら』化野生姜(『野ばら』)

「すみません。私がとやかく言える立場でないことは、わきまえているつもりです。申し訳ありませんでした。…ただ。もし、後任の方が来られるのでしたら、あなたのような優しい心根の方が来られることを願っています…。」
老人は何か言おうと思いましたが、結局何も浮かばず、コートを羽織ると青年におやすみの挨拶をして、自分の家へと帰りました…。

その翌日。果たして青年の言ったとおり、再び春の陽気が戻ってきました。
しかし、老人はいつものように朝の陽気を浴びることはしませんでした。
代わりに、ベッドに腰掛けた老人は静かに電子ペーパーに視線を落とし、その見出しにある大きな赤い文字をじっと見つめました。

戦争が、始まったのです。

宣戦布告を行ったのは青年の故郷である小さな惑星でした。
原因は、北極星に近い星雲の鉱物資源の所有を巡る問題でありました。
その場所は以前の政権の際、互いの星で平等に資源を分け合うという内容で協定を結んだところでありましたが、小さな星の政府はその潤沢な資源欲しさにその約束を反古にし、相手の領土にまで開発の手を伸ばしてしまったのです。
もちろん、大きな星の政府は彼らに警告をしました。
しかし、返って来た答えは開戦の通知でした。そうして、互いの星は戦争を行うこととなってしまったのです。そうしてそれは、件の星雲の中でも一番資源の少ない星で行われることとなりました。

老人は、そこまで文章を読むと、静かにディスプレイを閉じました。
すでに惑星間の距離によって、この情報はもうひと月も前のものとなっていました。人類は以前、光速を超えられなかったのです。

この星は、老人の星とも、青年の星とも、ましてや北極星の近くの星雲とも、とても離れた距離にありました。

そうして、老人と青年はひと月も前から敵同士となっていました。
しかし、それにどんな意味があるというのでしょう。

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