小説

『爆弾』初瀬琴(『白雪姫』)

 伏せた目も、静かな声も、普段からは想像できない姿だった。誰も聞くものなどいないかのように淡々と話し続ける王妃を、ただ見つめることしかできなかった。いま、どれだけ胸が痛もうと、王妃への思いを抱えていようと、鏡である私にできることなど無かった。
 扉の向こうから、ざわめきが聞こえてくる。しかし、私たちは世界から取り残されたように黙っていた。王妃の中では様々な思いが渦巻いているのだろう。それが溢れるのをこらえるかのように、ぐっと固く手を握って立ち尽くしている。
微かに震える声で、ぽろりと一言零れた。「そのとき私はどうなるのだろう」
 このことだったのか、と思った。私がついに「あなたが世界で一番美しい」と言えなくなることは、妃にとってどれだけの力を持つのだろう。どれだけその日が来ることを覚悟していたとしても、崖から突き落とすようなものではないのか。私が彼女の絶対の真実を傷付ける日が来るという事実に気付き、怯えた。傲慢なほどに自分の美しさを信じていた妃の自信を最後に壊すのは自分だという事実が恐ろしくてたまらない。
 確かに、真実は力を持っている。
 「もう、全部気付いているだろう?」相変わらず、男はどこからともなく現れる。
 「やめるか?知りたかったことは学べただろうしな、さすがにそこまで苦しめるのは哀れだからな。代わりに私のもとで働くというのはどうだ?」
 恐怖にもみくちゃにされ、疲れ切った頭ではなかなか理解できなかった。つまり、この苦しさから逃れられるということだろうか?
 「そういうことだな。王妃への感情を消す。そうすれば、もう何を口にしようとどうでも良くなるだろう?」
 ぼんやりした頭は、時間を掛けてその言葉を理解する。それから、そのことについて考え始める。感情を消したらどうなるのだろう?
 そんなこと、考える意味すら無いではないか。すぐに、自嘲気味な声が囁いた。届きもしない感情に意味なんて無い。消したところで何も変わらない。
 構わない。そう結論を出そうとしたところで、ふと思い出す。
 感情を消し、戻るのはあの虚しい日々だ。問いかけに対し、乾いた真実を告げるだけ。毎日はただ流れてゆくだけだった。
 さらに思い出す。初めて彼女を見た時のことを。今でさえ、あの時のことを思い出しただけで気持ちが溢れてくる。

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