小説

『爆弾』初瀬琴(『白雪姫』)

 真実を告げることに、どれほどの意味があるのか。
 そのために存在しているというのに、私にはよく分からない。
 知っていても知っていなくても、真実は真実なのだから何も変わらないではないか。そんな気がしてならない。
 尋ねられ、答えを口にするたびに、無意味な言葉を言い続ける私には意味などないのではないか、という虚しさがよぎる。ただそこにあり続けるだけの真実には力などない。力があるのは、考えや思いを乗せた言葉だ。たとえそれが嘘であったとしても、意図を持った言葉が世界を回していく。
 どうせ私は鏡に過ぎないのだから、と考えれば諦めがつくことなのだろう。けれども、どうにも割り切れない何かが残っている。
 「知りたいのか?」突然、声がした。
 一体どこから現れたのだろうか、気が付いたら目の前に男が立ち、こちらを見ていた。
 今夜は月が出ていて明るい。顔まではっきりと見える。黒い服を着たその男の顔に見覚えはなかった。
「真実の言葉が持つ力を知りたいか?」もう一度、尋ねてくる。
 この男はいったい何者だろう、突然何を言い出すのだろう、なぜ私の気持ちを知っているのだろう。次々と疑問が浮かぶ。
 すると、男はそれも見抜いたかのように、「まあ、細かいことは気にしなくてもいいじゃないか」とひらひらと手を振った。
「妙な鏡がある。そいつが妙なことが考えている。だから気になって来てみたのさ」
 答えになっていないような気もしたが、飄々とした男の様子を見ていると気にしても意味などないか、という気になってきた。
「それで?真実の言葉が持つ力を確かめてみたいと思うか?」
 ふらふら部屋を歩き回っていた男はくるりと振り向いた。
 突然投げかけられた問い。けれどもそれは魅力的だった。もし、私の言葉にも意味があると分かれば。
 わくわくと期待する気持が湧き出てくる。そんな私の様子を男は楽しそうに見ていた。
「そう来なくちゃなぁ。よし、しっかりと、存分に自分の力を感じられるようにしてやろう。その代わり、もしも真実を告げることから逃げたくなったらその時は何がしかの埋め合わせをしてくれよ」
 そういって、男は一人で考え込み始めた。顔を伏せ、じっと固まったように動きを止める。私は、気分としては息を詰めて、男を見つめた。きりきりと緊張した空気が流れる。

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