小説

『蜘蛛の糸』anurito(『蜘蛛の糸』)

 動物の肉は無いかもしれないが、果実や米ならば手に入る。カンダタは、さっそく自分でお酒を作ってみようと考えた。だが、こちらもまた、うまくいかなかったのである。
 確かに、カンダタのお酒の作り方は、人から聞いたアヤフヤなものだった。それでも、要点さえ合っていれば、果実や米はそれなりに酒っぽく変わってくれても良さそうなものである。しかし、それが、まるで酒が出来そうな気配すら感じられなかったのだった。
 恐らく、この極楽世界では、そもそも、発酵と言う現象が起きなかったのかもしれない。だから、いかなる植物からもお酒は作れなかったのだろう。
 仏教徒たちは、精進料理と称して、野菜や穀物だけの食事を日頃から心がけているものだ。思えば、極楽世界には、食用の肉もお酒も存在しないから、そうした生活に慣れる為に、生前から、そのような食習慣に馴染んでおこうと言う意味合いがあったのかもしれない。

 カンダタは、極楽での生活がひどく退屈に思えてきた。
 確かに、この土地では、何もしなくても、衣食住にはまるで困らない。しかし、だからこそ、余った時間をどう過ごせばいいかが、思い付かないのである。最初こそ、肉を喰おう、酒を作ろうなどと張り切っていた時期もあったカンダタだが、やがて、それが無理だと分かると、本当にする事がなくなってきた。
 他の住人たちの様子を見ていると、彼らは、特に他人に干渉しあう事もなく、一人静かに瞑想にふけったりして、日々の時間をつぶしていたようである。だが、バイタリティに溢れたカンダタには、そんな質素な生活はとても真似できそうにないのであった。
 ある日、カンダタは住人の一人を引っぱってきて、相撲を取って遊ぼう、と持ちかけてみた。その住人は、相撲が何たるかも知らなかったようだが、それでもカンダタに付き合ってくれたのだった。
 そいつは、あまりにも相撲が弱かった。相撲を取る以前に、相撲でカンダタを負かしてやろうと言う意気込みさえ無かったのだ。本当に、カンダタの言いなりに付き合ってくれていると言った感じだったのである。
 カンダタは、少し不快になってきた。その男に、相撲の取り方をとことん講義した上で、何度も相撲の勝負を強要した。カンダタは、その男を怒鳴りつけ、何とか本気にさせようとしたが、結局、最後までその男は無気力なままで、カンダタの方も、面白くもない相撲遊びになってしまったのだった。

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