小説

『浅草アリス』植木天洋(『不思議の国のアリス』)

 大きさはちょうど本物の猫ぐらいの大きさだけれど、やっぱりアリスの知っている猫と比べると随分ずんぐりしている。(こんなに太って大丈夫かしら?)
「これ、失礼なことを考えるでないにゃ」
 アリスはびっくりして、まじまじと猫の顔を見つめた。ぐりんとした大きな目がアリスを見返す。
「しゃべっているのは、あなた?」
 その猫は大きな目を細めて満足そうにきっしししと笑うと、肉球をぺろぺろとなめた。
「私はアリス。あなたはだあれ?」
「わたしは浅草のアイドル招き猫のうさぎにゃんこ。うさにゃんと呼ぶとよいぞ」
 アリスが首をかしげていると、うさにゃんはもどかしげにしっぽをぷりぷり振った。猫がこれをするのは、不機嫌な証拠だ。
「ほれ、この耳がうさぎのようにゃろ。遠慮するにゃ、うさにゃんと呼べ、アリスちゃん」
「ちゃんづけしないで! あたしそういうのだいっ嫌い!」
「そ、そうか、アリス」
 うさにゃんはアリスの剣幕にたじたじになり、髭をピクピクと動かした。
「まあいい、とにかくわたしの後についてくるがよい」
「どうして?」
「わたしがここを案内してやる。たにょしいぞ」
「わあ、楽しみ! Japanでの初めてのお友達ね!」
「そう、オトモダチにゃにょだ」
 うさにゃんはまたきっしししという音を出して笑った。

  * * * * * * * *

 うさにゃんのしっぽを目印についていくと、いつの間にか人の流れにもみくちゃにされていた。アリスにとって初めての体験だった。
 右から左から人が流れてきて、それぞれがカメラやセルフィースティックを振り回している。それが頭の上をぶんぶんと飛び回って、ぶっつけられないかヒヤヒヤとした。何度かひどく足を踏まれて、悲鳴を上げた。
「もう嫌、どうしてこんなに人がいるの!」

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