小説

『浅草アリス』植木天洋(『不思議の国のアリス』)

 花魁の口がくぱぁと開いた。それはとても不気味で、他の美しい部分を台無しにする醜さを持っていた。花魁はアリスに興味をもったようで、爛々と輝く目でジロジロと眺め回す。
「面白おすねえ。では、踊りはいかがかえ?」
 え、踊り? 私は歌うって言ったじゃない! アリスは再びパニックになりながらも、とにかく幼い頃に習ったバレエを思い出してぎこちなくアン・ドゥ・トゥワと踊ってみせた。
「あんれまあ、童のお遊戯でありんすよ。ほほほ。禿の方がまだましに踊れるでありんす。風神、雷神、打ち首獄門の用意を!」
 風神と呼ばれた男が手を上げると、アリスはまた猫に取り囲まれた。逃げ出そうにもいたるところに猫がいて逃げ道がない。そのうち、雷神と呼ばれた方の男が大きな刃物を持ってきて、雷神に手渡した。風神と雷神が近づいてくる。
 どうしよう。アリスは焦った。その時、大きな声がして、猫たちをかき分けるように三人の男たちが駆け込んできた。その先頭にいるのはうさにゃんだ。
「僕達の姫を、打ち首獄門なんて許さないぞ!」
 ヲタクたちが両手に構えた小さなライトセーバーをブンブンと振り回す。その勢いに押されて、猫たちが動揺して散り散りになった。その姿はまるで映画で見た三銃士みたいだった。散り散りになった猫たちの間をかき分けるようにして、うさにゃんがアリスのもとに駆け寄る。
「うさにゃん!」
「きっししし。うさにゃんは友情に厚いにゃ」
 あたりは大混乱になった。その光景を見ながら、花魁が狂った様に笑い始めた。
「ほほほ、まったく、ほんに楽しいでありんすなあ、この世は天国、あの世は極楽。愛するも地獄、愛されるも地獄。こんな地獄で何が悪い!」
 花魁はそう叫ぶと、手近にある猫を片っ端から掴んで投げつけ始めた。
「まったく、まったく、ほんに地獄でありんすよ! この世は地獄! あの世も地獄! ほほほ、ほほほ、ほほほ……!」
 完全に狂っているわ! アリスは投げつけられる猫がぶっつからないように地面に張り付いて、頭を抱えた。まるで戦争のようだった。周りの猫が猫をまともにくらってひっくり返る。強い風が吹き付け、遠くから雷の音がする。アリスの上に猫がのしかかってきた。

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