小説

『浅草アリス』植木天洋(『不思議の国のアリス』)

 アリスは眠くて眠くてたまらなかった。黒い幌付きの人力車に揺られて、姉のシャーロットの肩に頭をあずける。ごちゃごちゃした町並みが早足に過ぎていく。
 人力車のドライバーは筋肉質のイケメンだったし、色々教えてくれて、写真も撮ってくれた。
 揺られて動くのは楽ちん。でもアリスはぶらぶらと歩きまわるほうが好きだった。もっとも、勝手に歩きまわるとシャーロットに怒られる。あなたはすぐに迷子になるからだって。
 日差しは柔らかくて、風も心地よい。ゴトゴトと車輪が地面を走る振動が伝わってくる。そんな調子でアリスはとっても眠かった。異国の景色を楽しみたいのだけれど、まぶたが言うことを聞いてくれない。
 そのうち人力車が止まって、ドライバーが何かをシャーロットに話しかけた。また写真でも取るのかしら? シャーロットが降りようとして、私はうつらうつらしている。シャーロットはそんな私を起こさないようにそっと降りていく。
 そうそう、しばらくドライバーの彼と二人っきりでどうぞ。アリスは人力車の座席によりかかった。
「きっししし」
 奇妙な笑い声がして、そっちを見ると、小さな、それでもとても目立つお店があった。つきだした申し訳程度の屋根があり、狭いショーウィンドウがある店。
 ガラス窓の向こうにはたくさんの猫がずらりとならんでいる。目がぎょろっと大きくて、ずんぐりとした体で、ちょこんとお尻をついて座っているのだけれど、右腕だけを招くようにあげていて、愛嬌たっぷりにお揃いの格好をしている。
 色は白、黒、金とあって、体の模様がカラフルだった。すごく小さなものから、アリスと同じぐらいのサイズものまで、それがずらりと並んでいるとまるで猫たちの大集会のように見えた。
 声がしたのはこっちの方なんだけどな。アリスはキョロキョロとあたりを見回した。
「これ、そこのお嬢ちゃん」
 また声がしたが、見回しても誰もいない。
「だあれ?」
「これ、下にゃ」
「どおこ?」
 アリスが下を向くと、大集会の猫たちの中から大きめの猫が一匹ぴょこんと飛び出してきた。猫はすくっと立ち上がると、腕をちょいちょいと招くように動かした。
 その猫は同じ形の猫たちの中で一匹だけうさぎのような長い耳をしていて、それが時々痙攣するようにぴくぴくと動いた。真っ白な体をしていて、ところどころにやはりカラフルな模様が描かれている。

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