小説

『夜鷹の照星』清水その字(『よだかの星』宮沢賢治)

 戦車も一義を狙うのを止め、散らばるように動き出した。何が起きているのか飲み込めないでいるうちに、一義の目は空から黒い物体が数個、敵の頭上へばら撒かれるのを見た。
 途端に戦車が爆発に包まれる。オレンジ色の炎と煙の中から、逃げ遅れた歩兵が宙に投げ出される。さらに爆発が起きた。戦車の一両が直撃を受け、積んでいた砲弾が誘爆したのだ。砲塔がフタを開けるかのように吹き飛ぶ。

 銃を手に、小屋の外へ飛び出した。裏口の腐りかけたドアを開けると、エンジン音が頭上を通り過ぎて行った。両翼にエンジンとプロペラを一つずつ持つ、双発の爆撃機だ。友軍の飛行隊がまだ残っていたのだ。
 鷹は一度旋回したかと思うと、敵兵たちとは反対の方角へ飛び去っていく。一義は思わず、その鷹に手を伸ばした。否、正確にはその翼に描かれた、赤い太陽の印に。だが相手は地上にいるたった一人の狙撃手に気づいていないのか、あるいは相手にしている場合ではないのか、風切り音を残して飛び去っていった。
 小屋の陰から顔を出して敵兵を見やると、戦車の内一輌はただの残骸となっていた。別の一両は原型が残っていたが、足回りが破壊されて動けそうにない。
 だが残りの一両だけ、まだ生きていた。小屋を破壊するべく、砲をこちらへ向けている。
 一義はそれに背を向け、鷹の飛び去った方向へ駈け出した。



 白一色の病室のベッドに、老人が寝ていた。カーテンの開けられた窓からは暖かな日差しが差し込む。見舞客から届けられた花は飾っていない。その代わり、というわけではないだろうが、枕元に二十センチ足らずの黒い筒が置かれていた。
「お日さん、お日さん。どうぞ私をあなたの所へ連れてってください」
 ベッドの傍らで、若い女性が本を読み上げていた。
「灼けて死んでも構いません。私のような醜い体でも、灼けるときには小さな光を出すでしょう。どうか私を連れてってください……」
「星子、もういいよ」
 穏やかな声で言われ、孫娘は朗読を止めてパタリと本を閉じる。彼女は心配そうに祖父の顔を見ていたが、老人はじっと虚空を見つめている。
 彼の目に何が見えているのか。知っているのはその傍らにある、狙撃銃のスコープだけだった。

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