小説

『スーパー竹取物語』野村知之(『竹取物語』)

 天女は何も答えない。私の体から目を離さず、唇を嘲るように歪めながら、ふんとひとつ鼻を鳴らした。失礼な天女である。こっちはいま頭に血がのぼって、縮み上がっているだけだ。平生ならば蓬莱山にも負けぬぐらい、そそり立っているのである。そいつを説明してやろうと、私が口を開けたとき、羽衣が目もあやに翻った。
「私の名はうかんるり」
 それだけを言い残して、天女は姿を消していた。卒然として思い出した。以上のやりとりは、私が竹取の翁に話して聞かせた、武勇伝そのままである。にわかに頭が判然し、辺りがやに騒がしくなった。するとかぐや姫の声が、耳朶に蘇ってきた。

『はるか東の海に、蓬莱という名の山がございます。そこに白銀を根に、黄金を茎に、白玉を実に成らす木が立っているのです。それを一枝、折り取ってきてくださいませ』

 かくやあらん。金玉でも、ましてや銀玉でもなかったのだ。まさしく真珠を成らした木が、海上に隙間なく立ち並んでいる。木々のあいだを黄金や銀、瑠璃色の川が縫っており、宝石でも流れているのか、じゃらじゃらと音をたてていた。その上に様々な玉でつくった橋が架けられ、付近には照り輝いた木々が林立しておった。そうして始終びかびかと、四方が妖し気な光に満ちているところへ、地の賑やかさに誘われてか、天に敷き詰まった太陽も、びかびかと激しく光を発し始めた。じゃらじゃらの上にびかびかである。ひどくきちがいじみている。
 とうとう地獄に来たか、と思った。財産を使い果たし、地位も失った上に、生命まで尽きた。愛する者を手に入れられなかったのは残念である。しかし元より姫のためなら、死をも辞さない心であった。ゆえに私は本望である。何ひとつとして悔いはない。
 私は再び転げ始めた。ごろりごろりと進んでゆく。玉の橋にさしかかる。ごろりごろりと渡ってゆく。金銀瑠璃の川を眺めた。ごろりごとりと何かに当たる。照り輝いた木であった。私は再び転げ始める。ごろりごろりと進んでゆく。蓬莱山にさしかかる。ごろりごろりと登ってゆく。極彩色の地面を眺めた。くるりくるりと頭の中が回り始める。先ほど会った天女の名であった。
 はたして”ウかんむり”だったのか、それとも”ウコンるり”か、いやさ”あかんロリ”であったのか、何りだったか思い出せぬ。ともかく「り」で終わったことは確かである。斯様な名前を名乗っておいて、私の名前を聞かずに消えた。蓬莱山の奥へと退いた。それはつまり、私の気を惹くためだったのだ。

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