小説

『晦日恋草』霜月透子(『好色五人女』巻四 恋草からげし八百屋物語)

 私は息子と夫の背中を追って黙々と歩く。

 ――パタン。
 扉の閉まる音がした。
 コンビニの事務所からだ。外階段を見やるが、誰の姿もない。誰かが中に入ったのだ。小野さんだろうか。
 トクン……。
 心臓が喉の奥まで跳ね上がってくる。
 私は大きな旅行用バッグを抱えたまま、ふらりとコンビニに引き寄せられていく。

 自動ドアがのんきに高い音を鳴らす。
 レジにはやる気のなさそうな前髪の長い若者がいる。
 私は意識を二階に向けたまま店内を巡る。たった今事務所に入ったばかりでは、お店に来るはずがない。この真上にいるというのに。もどかしさに震える。
 ああ。どうすれば会える? 「七さん」と私の名を呼ぶ彼の声が耳の奥に響く。「八尾」ではなく「七」と。ああ……小野さん……。
 どうして彼から電話をくれないのかしら。ねえ、どうして?……朗さん。
 ああ、もしかして。電話番号を渡す時に言った言葉を思い返す。
「息子にきつく言って聞かせます。ただ、もし、万が一またなにかしでかしましたら、ご連絡ください」
 ……だから? そのための電話番号だから? 私が用事がなくて事務室に行けないように、朗さんも用事がないのに電話をかけるわけにはいかないに違いない。
 そうか。そうよね。

 なにを買うでもなく店内に長居していることが気にならなくなっていた。他人の目も気にならなくなった。店員もほかのお客さんも。
 一がまた万引きをしたら呼び出される。万引きをしたら事務所に――。
 商品棚に手が伸びる。おつまみのコーナーだった。食べ切りサイズのさきいかやピーナッツの袋が並んでいる。
 だめだ。少しでも見栄えのいいものを……。

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