小説

『あたま山』鴨塚亮(『あたま山』)

で、もう終いにしようと思ったのだ。
おれは、振り返って、連中に呼びかけた。
「おおい、」
「なんだあ」
「さよならだあ、」

おれは、しっかり歯を食いしばると。頭に咲いた桜の幹を両手でつかまえた。それから、思い切りふんばって、それを抜きにかかった。
うんうん唸って引っ張る間、頭の奥の方が切ないような、甘いような痛みを持っているような感じで、ついに根から抜けた時は、信じられないくらいの気持ちよさがあった。抜けたあとには、頭蓋の半分くり抜いたくらいの、大きな丸い穴が残った。
「ああ~」
「やれやれ、散った散った」
「あんまりもたなかったナ」
そんな声が上がった。
抜けた桜は、地面に落ちた衝撃で、花びらが全部散ってしまった。
みんな、急いで帰って行った。
家のあるやつは家に、家のないやつはおれの頭の穴の中へ、ぞろぞろと戻って行った。

すっかりひとりになった。
静かで、穏やかで、何もない日常が、抜け目なく立ち上がろうとする。
でもそれはもういい。
何といっても、ただの穴の空いた死体なんだ。
もう詰まらない。
元々、おれはひとりきりで生きていけるような人間ではなかったので、あんなにうるさかった花見の客も、いくらも優しくしてやらなかった妻も、どうしようもなくなつかしく思えたから、全然我慢することもできずに、あっさり穴に飛び込んで、跡形もなく消えっちまうことにした。
だからもうこの話は終わり。

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