小説

『ツバメの涙は』柘榴木昴(『幸福な王子』)

 人々は笑う。「知ったことか」

 心臓から一繋ぎになった頭がまるごと外れそうになり、墓石の前に膝をつく。僕は間違っているのだろうか。愛する人のすべてを、愛する人の意思に反して欲しては悪なのか。善悪を越えて真紀を欲してはいけないのか。墓石はただ冷たい。
真紀の行いは尊いのか。僕なら、真紀がこんなに苦しむのなら誰の中にも行かずに死ぬよ。
 嘘だと切り張りの笑顔で幸せを語る人々の、その背後にある不幸は本当に高貴な心と引き換えにしなければ克服できなかったのか。死んでもなお広く人々の役に立てと上から物言うお前は誰だ。僕に顔をみせてみろ。なぜ臓器移植を尊いものにした? 愛する人のためにひそやかに死ぬのは尊くないのか。
 命題を置く。助かる命がある。それを助ける。助からない命を使って。そうだ。正しい。何もかもが補完し合っている。でも、その命は僕の真紀だ。真理が一転する。助けなどいらない僕のもう一つの命だ。でも真紀の命を僕だけのものにしてはいけない。許されない。

 真紀、真紀、そして人々よ。一つだけ許してくれ。否定してくれていい。一つだけ僕の主張を聞いてくれ。
 『幸福の王子は』悲劇であって悲劇じゃない。王子も人々も幸せなのだ。王子は高貴な魂を持ち続けたから幸福なのだ。それに付き添うツバメがいるから幸福なのだ。人々は自らの手ではなく、ツバメが運んできた金や宝石のもとを知らないから幸福なのだ。悲劇なのはツバメだけだ。王子と一緒にいるだけ、そんな望みを持つことも許されないツバメの悲劇だ。王子が己を削らずとも、人々が貧困につぶされようとも、ツバメは王子を愛していただろう。これはツバメの悲劇なのだ。悲しむことを奪われた、すべてに頷かなければいけないツバメの悲劇だ。ツバメの涙はルビーじゃない。ツバメは涙を流してはいけない。沈黙をもってしか王子に、人々に、はぐれた仲間に、雪と冬の広場に自分を見出せない。
 なあ、ツバメよ。王子と共に冷たくなった気高いツバメよ。
 僕はツバメにはなれないよ。人間にはひどく脆いのがいるんだ。わがままで未熟なのがいるんだ。どうしても原始的な独占欲と、幼稚な発想がぬけない、いくら気取って知識を詰め込んでも、空の心臓は閉じないんだ。ずっと涙がこぼれるんだ。真紀、そう声にしたとき、知らないやつらの声が重なってくるんだ。それが僕をいびつに噛み千切るんだ。
 僕はハサミを握りしめる。力いっぱい握りしめて目を閉じる。もう閉じた僕の中にしか完全な真紀はいないから。どこかで携帯電話が震えている。遠くから救急車の音が聞こえて来た。僕の身体のどこか一つでもいい。真紀と一緒になれたなら、ツバメ、おまえの分も泣いてやるからな。

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