小説

『注射を打つなら恋のように』入江巽(『細雪』谷崎潤一郎)

 注射器はひとつしかないから、りつおがさっき使ったんを、そのまま使う。あたしの腕にりつおが持つ注射器の針、ぷすり刺さる。りつおは手慣れた様子、静脈から一瞬吸い上げられたあたしの血、シャブの溶液に少しだけ混じる。拡がっていく赤黒い色見ていたら、小五での初潮や、中三でのはじめてのセックスを思い出し、それらの自分の血、どこか汚いような気もしたのにこれはなんてどす黒くて美しい色なんやろ思い、なんだか嬉しくてたまらん気持ちになる。シャブの溶液じゃなくりつおの透明な血とあたしの血が混じったものが入ってくるんやナ、そう思う。りつお、はよ打って。頼むわ。  
ゆっくり注射器の中の棒が進んでいく。皮膚のした、液体の流れ、とてもようわかる。すぐ血管の中と脳のなか、白い、熱い、冷たい、落ち着かない、溶ける、こんなに、はやい、ぜんぶ、もうなんにも。ほんとに。
りつお。

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