小説

『注射を打つなら恋のように』入江巽(『細雪』谷崎潤一郎)

 あっと思い、アホや、と思い、そういうこと、とも思い、おかしなった。
 いい加減なギャル学生のあたしでも、ブレイク・アップとゲット・アップのちがいくらいわかる。意外と英検二級持っている。いっしょに寝るとき、この曲いっつもかけるんは「起きられへん」いう歌詞やと思うているからかナ、ちゃうでりつお、ブレイキン・アップ・イズ・ハード・トゥ・ドゥ、訳してあげよ。
 離れられへん、やで。
 あたし小さい声で言い、りつおの丸坊主、両腕で強く抱き、そうして、うっ、また言うのを無視した。りつおの頭のにおいは、とてもりつおで、いつでもすきだ。

 朝になった。時計は十時、寝過ぎた。でも金曜には授業はないから別にいい。昨夜、アルトン・エリス流し続けたアイポッドなくなっていて、持ち主のりつおも、いなかった。仕事にいったんやろネ。スピーカーとアイポッドつないでいたケーブル、棚からほんの少し垂れているのピコンと指ではじいたとき、スピーカーのうえに、メモ用紙、あるのに気づいた。うれしい。

 あしたは土曜だし、夕方、久しぶりに俺の部屋に、来ませんか。パパパパパ。サワムラリツオ

 行くよりつお、パパパパパ、フジタカオリ。誰もおらんので、声に出して言った。りつおんち行く準備、まだまだしなくていい。ふたたび、ボテンとベッドにたおれた。暖房がガンガンに入っているけど、それでもはだか、さむい。また毛布にもぐる。冬の朝の太陽、部屋に射していて、フラフラ舞うほこりのキラキラ見つめながら、だるいようなたのしいような、へんな気持ちになった。たばこ吸う。

 たばこのポイ捨ていけません、わかってます。けれどあたしはあちこちでそれをして、たまに怒られてた。携帯灰皿持っていたけど、ぼうっとしてると、ポイッと、捨てちゃっていた。雨が降ればどうせどこかに流れていくのになにがあかんのやろ。いまでもちょっと、そう思う。
「火、消さんと、だめですよ」
「なんかが、それ、踏むかも、わからんから」
 それが、半年前、梅雨があけたばかり、りつおにかけられた最初の言葉やった。
 ひとつめの言葉と、ふたつめの言葉には、いくらか間があった。あたしは、大学のなかの喫煙所ではないところ、たばこを一本吸い、捨てて、歩き出そうとしていた。「たばこ捨てたらだめですよ」という言い方を、その瞳のきれいなお兄さんは、せんかった。言ったのは、「火、消さんと、だめですよ」やった。眼があったまま、あたしは吸殻を、踏んだ。

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