小説

『注射を打つなら恋のように』入江巽(『細雪』谷崎潤一郎)

 あたしとりつおが「仲良い」こと、少なくとも大学の中では隠さなければ、せっかくの密売人ごっこの意味はなくなる。そのことあっと思い出し、軽率なファックユーでした、ごめんよりつお、もうしません、手をひっこめながら、心の中で謝る。
密売人ごっこには、実質的な意味もある。りつおの同僚やった坂上さんというヒゲのお兄さん、こないだ、クビになった。学生ナンパしたから。あたし、りつおをクビにしたくない。

 さくら夙川駅からJRひとえき乗って、西宮駅近くの自分の部屋、帰った。時計見ると夕方四時すぎ、服をすべて脱いで、一人暮らし、冷えた空気満ちた部屋、さむさむ言うてベッドにもぐった。毛布にはだかで包まれるのが好きで、最初はヒヤッとするけど、やがてさらさら、ぽかぽか、気持ちよくなり、あたしいつも寝てしまう。

 たくさん眠った気がした。起きているのかいないのかよくわからない感じのまま、耳に入ってくる、低く流れる音楽はアルトン・エリスというひと、ブレイキン・アップ・イズ・ハード・トゥ・ドゥ、ジャマイカのやさしい曲、これはりつおがうちに来て、いっしょに眠るときにほとんど必ずリピートにしてかけるやつ、いつの間にか抱かれているしいつの間にか抱いている感じでりつおが隣にいるのはもうわかっているけど、肌の暖かさよりも、目が覚めたらこの曲が鳴っている感じで、今夜はりつおがいるナ、うれしいナ、あたし、そう久しぶりでもないのにしみじみ思った。
 いつ来たんやろ。触れているりつおの肩の筋肉から、石鹸のにおいがする。それはあたしが気に入ってうちで使っている、サンタール・エ・ボーテのホワイトティーという石鹸のにおいなので、仕事終わってなにか食べ、すぐ合鍵持ってるうちへ来て、あたし寝とるから、うちのお風呂ひとり勝手に入って、それから横にもぐりこんでくれたんやろナ、とわかる。あったかい。りつおもあたしもなにも着てない。せまい部屋、ひかりはボンヤリ、そっと、毛布のなか手を伸ばし、りつおのチンポをさわった。やわらかい。
 りつお、チンポがたたない。服を脱いで抱き合ったときの肌のなじみ方はすごくはやかったのに、あたしとりつおはきちんとセックスしたことは一度もない。舐めたり、いじったりは互いによくしているけど。もともとあまりそういう欲求がなくて、シャブに狂うようになってから、さらにたたなくなったと言うていた。シャブをキメるのが唯一の趣味に近いです、高校出てからずっとそうです、りつおがこっそり教えてくれてから、知りたくてネット検索、クスリに関して耳年増なあたしは、シャブに狂うひとはキメてやりまくるのが好きなんやろ? かつて聞いたが、俺は違うんです、りつおはただ静かにそう言うだけやった。あたし以外の女を隠すため、そう言うてるんやないということも、なんとなくすぐにわかった。たぶん、ほかに女はいない。いてもええけど。そういえば、四歳、あたしより年上なのに、りつおはずっとこの調子でしゃべる。敬語を崩さない。
「ん、あ」大きめのチンポ、すこし力をこめてにぎられると、それでもすこしは感じるんやろか、りつお小さく呻き、眼つむったまま、「……ブレイキン・アップ・イズ・ハード・トゥ・ドゥですわ……」言う。

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