小説

『タランテラ』結城紫雄(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

 坂田くんが話題を変えた。彼は私よりアルバイト歴が一年長いが、年上のスタッフには敬語で話す。
「まあまあかな。皆いい人だし、私虫担当だから楽ちんだし。店長もやる気あるんだかないんだかわからないしね」
「新宿店とかと比べたらウチ超楽ですよね。なんで歌舞伎町なんかにペットショップつくったんだろう、って最初思ってたんですけど……」
 坂田くんがほかの支店スタッフに聞こえないように声をひそめる。私はビールを空にして言った。
「キャバ嬢がチワワとかねだるからでしょ」
「それ! それなんすよー。こないだヘルプで行かされたら、ヤクザとかそっち系の人たちと夜のお姉さんしか来ないんですもん。ちびりそうになりましたよ」
 女の子がいるお店行って、その子とフグとか焼き肉食って、ペットショップでパピヨンとかねだられて。そんで女の子はホストクラブで遊んで、ホストは風俗に行く。これは発見ですよ、完全な生態系完成してますよね、と坂田くんがモヒートのマドラーで宙に円を描きながら言う。そんな単純なものでもないと思うが、確かにあの界隈はフグ料理と焼き肉店が多い。
「小型犬でも噛まれたら結構痛いっすからね。あっ、カンナさんもヤスデとかに刺されないように気をつけてくださいよ。クモとかゴキブリとかに噛まれたら……やべ、想像しただけで鳥肌っすわ。きもいきもい」
 パーカーの上から二の腕を高速でさする坂田くんを見ながら私は、昆虫コーナーの隅の一際大きなケージのことを考えていた。そのケージの主は南米産の巨大蜘蛛、タランチュラである。
 タランチュラの牙には猛毒があるという。この恐ろしい毒蜘蛛に噛まれた者は、死ぬまで踊り続けなければならない。踊りをやめると、毒が全身に回って絶命するのだ。坂田くんもその腕をちくりと噛まれたなら、きっと汗を散らして踊りくるうだろう。
 どうしてそんなことがわかるのかといえば、私もかつて毒を打たれたことがあるからだ。私は今も踊り続けている。私はその毒の正体を知っている。

 タランチュラが私の手元に届いたのは、バイトを始めて半年がたった秋の初めだった。
 閉店間際に本店から届けられた大きな段ボールを、店長や坂田くんと一緒にバックヤードで開封したことを覚えている。箱の中にはバーベキューで使うようなクーラーボックスが入っており、さらにそれを開けると厳かな冷気とともにケージが現れた。

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