小説

『地蔵・ゴーズ・オン』西橋京佑(『笠地蔵』)

 びくぅ、と爺さんは仰け反った。
 「あ、全然、爺さんじゃ、ないですぅ」
 全然違いますぅ、と左手で顔を隠しながら、てっぺんからつま先まで爺さんなその老人は、カーテンを閉めようと窓に近づいてきた。だが、すでに地蔵は窓を開けて、サッシの上にずっしりと腰を下ろしていた。仲間たちも、ぞろぞろと庭に集まりかけていた。

 「さあ、説明してもらいましょうか」
 爺さんは、観念したように深くため息をつくと、「まあ待てや」と言いながら振り返って台所に戻り、地蔵たちにお茶を用意し始めた。おかまいなく、と言いながらも、やっぱり気の利く爺さんだな、と地蔵はこっそり有難がっていた。なにせ、飲む生唾もなくなるぐらいに口がカラカラになっているのだ。
 「お茶なんていいんだよ。爺さん、なんでこなかったんだよ」
 「それより…この家なに?」
 「やけにモダンすぎない?金は?」
 「おいおい、まさか悪いことに手を染めてるんじゃ…」
 みんな幾ばくか酒に酔っていることもあって、矢のような質問はしばらく続いた。爺さんは、その間中一度も顔をあげることなく、黙々と茶の葉が開くのを待っていた。爺さんは、茶の葉がひとつ残らず開いていないと許さない。つまり、そういう老人だった。

 その時、リビングと廊下がつながる扉がゆっくりと開いた。頭取だ。彼は、皆が庭を突っ切りリビングの窓にベタ付いている時に、玄関の鍵が空いていることを発見して、足をしっかりと拭いた上で律儀に玄関から上がり込んできていたのだ。さすがに、爺さんも頭取の思わぬ出現には驚いた様子で、ポカンと口を開いてしばらく頭取のお腹あたりを眺めていた。頭取のお腹には、爺さんがある時に置いていったボロボロの頭巾が巻き付けられていた。
 「爺、さん。どうした、んですか」
 朴訥なことが、頭取の一番の魅力なのだ。心配したんです、と言うまっすぐな言葉は、誰が聞いても偽りのない気持ちで発せられたものであった。そういうことが、彼を“頭取”たらしめていた。今や地蔵の耳には、外からかすかに聞こえてくるポチの細かな息遣いと、つなぎ紐がガサガサと木々に当たる音だけが聞こえていた。
 「もう…ようと思うちょる」

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