小説

『瑠璃色の記憶』本多ミル(北原白秋『あめふり』)

ツギクルバナー

 都心から少し離れたベッドタウンの駅前ビルは、毎日そこそこ賑わっている。地域の住人が、日常の買い物やファストフード店などの利用で重宝する。その最上階の4階はずれに、昨年末にできた占い館は女性に注目され始めて、ちょっとした話題となっていた。
 洗脳された虚構の都会から帰ってくる疲れた会社員やOL、また、長いローンでマンションを購入して、終の棲家になるのだと覚悟を決めたのに、心が揺れ動いてしまう迷いの見える主婦などがお客様だ。
 占い館の易学占い師のショウワさんは、雨宮敬子にこう言った。
「逃げなさい。逃げるのよ。それでないと共倒れする。潰れてしまうわ。あなたがだめになる。あなたの大切なもの、失くしてきたでしょ。今までも……」
 コインの次に手元のタブレットを見つめて、ショウワさんは首を横に振った。
 そして話を続けた。そのあとの言葉が宙に浮くように感じられたが、「そんなにはっきりと言う? でも少し当たってる。なぜ分かるの」と、敬子は呟いた。
 駅前ビルを出るときには、どしゃぶりの雨だった。敬子の右手首につけていたラピスラズリのブレスレットが、傘をさす時に壁に当たり壊れて落ちた。グレ
ーが黒く染まるアスファルトに流れていかないうちに、瑠璃色の丸い石を、敬子は慌てて拾った。(これ、家ですぐ直そう)と、敬子はそれを拾って、実家に向かう足取りはだらだらと重かった。

 敬子も会社帰りのOLだと言いたいところだが、今は、ここから数駅離れた小さなスーパーで、不安定なパートタイムで働いている事務員にすぎない。その前は、少し都会の広告代理店で働いていた。辞めるに至ったのは、ひとりになってしまった母親の介護のためだった。
 敬子の実家は、この町の駅から近い大型マンションにある。7階の角部屋だ。眺めもよく、晴れればベランダからスカイツリーが見える。
 父親はすでに5年前に他界していた。その前から自立してひとり暮らしをしていた敬子が、実家に帰るのは時間の問題だった。なんとか年金などで暮らせる母であったが、数年前から、様子がおかしくなりだした。

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