小説

『裸の王様』anurito(『裸の王様』他)

 人間の集団心理、さらには虚栄心から、こんな話をあらかじめ聞かされてしまったら、まずは誰も「大統領の服は見えない」とは言えなくなってしまうはずだろう。そう、さっきの秘書官のように。これで、あの宇宙人たちだって、地球人全てが服が見える利口者ばかりだと騙してしまえるはずだ。アール氏の駆け引きの勝利で、地球はまんまと銀河連邦への参加権を手に入れられる事になるのである。
 もちろん、このように前もって、見えない服の話を聞かされていても、ほぼ全ての人が、実際に大統領の姿を見ると、険しい表情をしていた。アール氏が恐れていた通り、やはり、ほとんどの人に大統領の服は見えていなかったのだ。ひょっとすると、地球人の知能レベルは予想以上に低すぎて、大統領の服を可視できる人間は完全に一人もいなかったのかもしれない。しかし、たとえ、そうであったとしても、誰も「服が見えない」と言わなければ、皆が服を見えていた事になり、何の問題もないのである。
 かくて、ついに、運命の大統領の公開挨拶が間もなく始まらんとしていた。
 見えない服をまとっていた大統領は、あれからずっとトランクス一枚で居続けていたのだが、実は、以前はアクション映画の俳優だったと言う経歴も持っていた大統領はなかなかの肉体美でもあったので、そんな裸の状態でも、それほど貧弱な姿にも見えてはいなかった。
 首都の広場には、特別な演説ステージが設けられ、そこで大統領は今日の公開挨拶を行なう手はずになっていた。知恵者にしか見えない服の話は、逆に宣伝になってしまったようで、この公開挨拶を見る為に、いつもよりはるかに多い大衆やマスコミ関係者が聴衆として集まっていたようにも見受けられた。
 アール氏や一見裸の大統領、政府の関係者たちは、演説ステージの舞台裏で、予定した挨拶の時間が来るのを、緊張しながら待ち続けていた。
 そして、ついに、その時が訪れた。最後まで不安そうな顔つきをしていた大統領を、アール氏は落ち着いた表情でステージの方へと送り出したのだった。

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