小説

『面白い勝負』℃(『平家物語』)

 いやいや待てよ、皆の衆。鉢巻の男もなかなかどうして、見事なものだ。一毛の恐れも感じないのか、構えた姿勢を全く崩さず、毅然と立ち向かっている。まさに不動。
 ついに、小舟の上から白い球体が放たれた。
 見ている者の視線を食い破るかのごとく、浜までばく進してくる。目で追うことさえ、ままならない。それほどの一球。
 だが、浜からは快音が上がった。鉢巻の男が、あの棒で打ち返したのだ。
 普通なら、これで勝負ありだが、今回は少し趣向が違う。ただ打ち返せばいいのではなく、金色の扇を狙わなければならない。あの的を仕留めてこそ、勝利と言えるのだ。
 ここにきて、多くの者たちは自らが誤解していたことに気づく。
 この対決の本質は、どちらが勝った負けたというものではない。
 扇の的を仕留めれば、両者勝ち。
 仕留め損なえば、両者負け。
 そういった勝負だ。
 だからこそ、小舟の男は小細工抜きに、相手が最も打ちやすい場所に、全力で直球を投じてきた。
 あれが変化球であったなら――
 もっと違う場所であったなら――
 さらに言えば、そういう疑念を勝負の前から抱いていたなら――
 あの白球を打ち返すことは容易ではなくなる。
 鉢巻の男は最初から、小舟の男を信頼していたのだ。
 必ず直球を投げてくると。
 最も打ちやすい場所に投げてくると。
 一流は一流を知る。ゆえに、言葉をかわさずとも、心で会話するのだ。
 浜から打ち返された白球は、矢さながらの勢いで小舟へと迫っていく。
 向かってくる白球に対して、小舟の男は眉一つ動かさない。信じている。必ず扇を仕留めてくれると。

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