小説

『面白い勝負』℃(『平家物語』)

 大将の考えはすでに定まっていたが、
「その道では、かなりの腕を持つようです。今回の勝負には適任かと」
 側近の一人が耳打ちしてくる。
「やらせてみよ」
 大将の言葉に、鉢巻の男が馬から下りた。
 浜の男たちは腕を突き上げるようにして、味方を鼓舞する。景気づけにと、勢いのある楽曲を法螺貝で奏でる者も現れた。さらに、楽器の数が少ないのは寂しいからと、鼓の代わりのつもりなのか、矢筒を叩く者まで出る。
 これに対して、沖の者たちも負けてはいない。それまで座して見ていたのが、今やほぼ全員が立ち上がり、声を揃えて船ばたを叩き、小舟の男を激励している。
 白い旗も赤い旗も全て、嵐の中のススキ畑のごとく揺れていた。
 鉢巻の男は弓と矢筒を従者に預けると、一本の棒を受け取った。棍棒の一種だが、太さは普通の棍棒よりも細い一方、その長さは普通の倍近くある。
 大きな方の夕日が、水平線の奥に半身を沈めていた。夜の来訪まで、あまり時間がない。
 いざ尋常に勝負。
 鉢巻の男が小舟の男の正面、その延長線上で構えた。通常の刀の構えではなく、半身をねじらせて、体の横で棍棒を構えている。
 小舟から浜までの距離は、およそ六十尺(十八メートル強)。
 だから、勝負は一瞬でつく。
 海も人も緊張していた。
 小舟の男の頭上では、金色の扇がその身を賭けて、戦いの行く末を見守っている。
 ほどなくして、海の上から完全に言葉が消えた。浜からもだ。
 数多の視線の中心で、小舟の男が大きく振りかぶる。男の体躯がさらに一回り膨張したかのような迫力だ。周囲で見物しているだけでも身をすくめたくなるくらいだから、直接相対している者は、これ以上の重圧にさらされていることになる。

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