小説

『神かくしにあった少年』小笠原幹夫(『諸国里人談』)

 時間の経過――時の流れというものほど不思議なものはありません。退屈な教師の授業を聞いていると一時間がひどく長く、劇場や寄席で演芸を楽しんでいると同じ一時間がひじょうに短い。また、いまわたくしが、「自分は一、二秒のあいだに、三年間の生活をした」と言ったら、人はわたくしの精神の状態を疑うでしょう。あるいは昨夜見た夢の話をしているのかと思うかもしれません。
しかし、山に登って崖から落ちた経験のある友人から聞いた話ですが、岩壁から足をすべらして麓まで落ちるわずか数秒の時間のあいだに、過去の自分の半生を、一編の映画でも見るように体験したということがあったそうです。
これは明治の末のお話ですが、東京神田錦町の活版印刷所に十四、五歳の小僧がおりました。「使い屋」といって、住み込みの見習い職工です。文字どおりの使い走りや雑用、材料や製品を運ぶ作業から始めて、使用済みの版を解いて片付ける「はん」、そして活字ケースから必要な活字を拾う「文選ぶんせん」という仕事を覚え、成人になるまでそこの印刷所に勤めて一人前の植字工しょくじこうになるのです。
この小僧が、正月十五日の夕方、手拭いと石けんを持って銭湯へ出て行ったかと思うと、しばらくして台所口に立っている者がいます。
「そこにいるのは誰だい?」
と親方が声をかけると、いましがた銭湯へ出かけた小僧です。巻き脚絆きゃはん草鞋わらじばきの旅すがたで、藁包わらづつみをつえにかけています。
 印刷所の親方は機転のきく男でしたから、驚いた様子も見せず、
「マア草鞋をぬいで、足でも洗え」
と言ってやると、小僧は井戸端いどばたに行って足を洗い、台所の棚から盆を出してきて、藁包みから出した岩茸いわたけを乗せ、
「これはお土産でございます」
と言って親方に差し出しました。岩茸はこけの一種で、秩父の深山しんざん断崖だんがいだけに生えている珍しいものです。

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