小説

『亀の角兵衛』NOBUOTTO(『浦島太郎』)

「ところでお主の名前はなんという」
「浦島、浦島太郎である」と浦島は偉そうに言った。
「うむどこかで聞いたことがあるよう気がするが。まあよい。ということでな、明朝早速に姫ケ丘へ向かうことにする。浦島らもついてこい。よいな」
「いや、怖い。無理」と言う浦島の声をかき消すように「ありがとうございます」と角兵衛は大きな声で答え頭を下げるのであった。
4 姫ヶ岳裾野
 あくる朝早くから、代官一行と浦島、角兵衛は姫ケ丘頂上を目指して旅立った。
 代官と菊姫が大きな駕籠に乗っているのに、自分は板っぱりに座らされていると浦島はブツブツ文句を行っているが、角兵衛は聞かぬふりをしている。
 姫ヶ岳の麓にいくまでの森は深く、森を抜けるまでに何日もかかった。代官も家来も悪霊の出現を恐れていたが何も起こらなかった。単なる伝説だったようである。そうと分かると代官は急に元気になって「皆の者、宝はすぐそこじゃあ。褒美はたんととらすぞ」と家来をせきたてて進んで行くのであった。浦島は「角兵衛、角兵衛。腰が痛ーい。肩が凝る。飯がまずーい」と旅の途中も愚痴をこぼし続けた。その都度「だからさあ、竜宮に帰りましょうよ」と角兵衛が誘っても「やーだよー」と浦島は言うばかりである。
 奥深い山を抜けると姫ケ丘の裾野に出た。そこには澄んだ緑青色の水に満たされた池とお花畑が広がっていた。目の前に姫ケ丘が高々と聳え立っている。海の底に負けない美しく穏やかな場所があるものだと角兵衛が見とれていると姫ヶ岳の方から「カークーべエー」という声が聞こえてきた。生々しい空耳に冷や汗をかく角兵衛であった。
 一行はこの池の周りで宿泊することにした。真夜中になり全員が寝静まったころ角兵衛は起き出してきた。乙姫の「血祭りにあげなさい」という容赦ない指令を実行する時がきたのであった。
 角兵衛は、亀の姿に戻り星空へ飛んでいく。そして上空でくるくると回転し始めた。体全体が輝き始める。回転が早くなるにつれて角兵衛の輝きも増していった。角兵衛の放つ光は真昼のような明るさを生み出した。家来達は何が起こったのかと真夜中の太陽を眩しそうに見上げていた。表の騒がしさに代官も菊姫も浦島も仮小屋からでてきた。

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