小説

『亀の角兵衛』NOBUOTTO(『浦島太郎』)

 浦島は目をしょぼしょぼさせながら言う。
「ほう、年をとると、こんなにも世間様がみえなくなるもんかね。不思議なもんだねえ。体も重いというか、固まった感じじゃ。ほうほう」
「関心している場合じゃないでしょ。ねっ。竜宮にもどりましょう。そして若返って楽しく遊び暮らしましょう」
「いやじゃ。いやじゃ。だって、竜宮城は飽きたし、乙姫は綺麗だけど怒ると怖いんだもの」
「そこがねえ玉に疵と言うか。いやいや、そうじゃなくて、明日にも死ぬかもしれないのですよ。もう一度言いますね。し、ぬ。いくらボンクラ頭でもそのくらいはわかりますよね」
 角兵衛は浦島の袖をくわえて海に引きずりこもうとしたが、老人とは思えない力で振り払われてしまった。何を言っても浦島は話を聞こうともしない。手ぶらで帰ったときの乙姫のヒステリーを想像して角兵衛はぞっとした。
「ところで角兵衛。なんか街道が騒がしいなあ」
 確かに街道に人だかりがしている。
「ちょっと見て来てくれんかのお。年を取ると動くのが億劫になる」
 竜宮に帰る話は少し時間をおいた方が良さそうである。角兵衛は「はいはい」と言うと、空中で一回転して青年に変身した。
「うわー。角兵衛は人間になれるんかい」
 浦島はすごいすごいと手を叩いて大喜びである。
「それにしてもお前、人間になっても顔が亀の甲羅みたいに角張ってゴツゴツしてるなあ。こりゃあ傑作傑作」
 はしゃぐ浦島を無視して角兵衛は街道に様子を見に行った。
 村人達は街道沿いに立てられた一枚の立て板を囲んでいた。その立て板には、「今巷で噂になっている金銀財宝について知ることがあれば代官所へ来て話してみよ。良き話であれば金一封をとらす 代官」と書いてあった。村人たちは口々に
「あいからず高飛車な野郎だぜ。馬鹿言ってんじゃねえよ。なんで金銀財宝のありかを教えて金一封をもらう奴がいるんだよ」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12