小説

『亀の角兵衛』NOBUOTTO(『浦島太郎』)

5 姫ヶ岳
 姫ヶ岳の頂上に行くとそこには裾野の池と同じ澄んだ青色の小さな祠があった。その祠に中に宙を舞う天女の絵が描かれた玉手箱があった。この中に財宝があるに違いない。
「なんじゃ、えらく小さい箱だなあ。」代官は不服そうである。
 玉手箱を見た時に浦島は嫌な予感がした。玉手箱から出てきた煙で老人になった。今度また煙をあびたら老人を通り越して骸骨になってしまう。
「じゃあ、私のお勤めはここまでということで、後は代官様のお好きなように。ではでは」
 そう行って後ずさりする浦島を見て、何か裏があるに違いないと思った代官は浦島に玉手箱をあけるように言った。いやだいやだと駄々をこねる浦島の喉元に短刀の切っ先を代官はあて、玉手箱を開けるように迫った。
「角兵衛ー角兵衛ー」
 浦島は角兵衛に助けを求めて叫んだが、角兵衛は知らぬふりして祠から離れた石段に菊姫と座って高みの見物をしている。菊姫は財宝自体には興味がないようである。何か面白い出来事がまた起こらないかとあたりを一生懸命眺めている。浦島は恐る恐る玉手箱を開けた。浦島の後ろから代官が覗き込んでいる。しかし玉手箱の中には何も入っていない。代官はきっと玉手箱に仕掛けがあるに違いないと「えーい、爺、邪魔だ」と浦島を突き飛ばして玉手箱の中を覗き込んだ。すると空っぽの玉手箱からモクモクと煙が出てきた。浦島はまた煙が出たと、四つん這いになって玉手箱から必死に逃げて行った。代官は煙を浴びながらも、どこかに金銀財宝はないかとまだ玉手箱の中を探っていた。
 角兵衛はこの時、乙姫に騙されていたことを悟った。
「全く、乙姫様も困ったものだ。これを竜宮へ持って来いということか」
 角兵衛は代官を押しのけて玉手箱の蓋を閉じるのであった。
6 そして竜宮城
「角兵衛、角兵衛」
 竜宮城に戻ってきた角兵衛を呼ぶ乙姫の声が城中に響き渡る。女官たちはクスクス笑っている。
 乙姫殿に行くと、乙姫はとてもご機嫌であった。
「角兵衛。ほら、あの煙で私はこんなに若返ったぞ」

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