小説

『亀の角兵衛』NOBUOTTO(『浦島太郎』)

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1 竜宮城
 「角兵衛。角兵衛」と乙姫のヒステリックな声が乙姫殿から聞こえてきた。竜宮宴会場の後片付けの指揮を取っていた亀の角兵衛は、ふーっと大きなため息をついてゆっくりゆっくり乙姫御殿へ向かって這って行った。
 いかにも面倒くさそうに、のそりのそりと乙姫御殿へ向かっている角兵衛をみて、女官のヒラメらタイたちが陰口を叩いている。
「角兵衛お呼び出しい!今日も乙姫様は荒れてますわね」
「乙姫お気に入りの角兵衛も、ああこき使われたら本当かわいそうねえ」
「しょうがないわよ。乙姫様を竜宮城に連れてきたのは角兵衛のお父上なんだから。角兵衛は子亀の時から乙姫様のペットですからね〜」
「ペットだなんて、まあ、失礼な」女官たちはホーホホーと楽しそうに笑った。
「角兵衛、角兵衛」と乙姫の声は一層大きく険しくなった。角兵衛は「やれやれ」とつぶやいて空中で一回転すると人間の若者に変身し急いで乙姫殿へ向かった。
 御殿の中は乙姫が壊した壺や花瓶で足の踏み場もない状況であった。乙姫の細めで切ながの美しい目は眉を突き抜けるほど吊りあがっていた。
「なにグズグズしてるの」
 乙姫が歌えば、海の砂までも喜んで転がり始めるといわれるその美声も、今は角兵衛の鼓膜を破る落雷の響きでしかなかった。
「浦島様はやはり帰るそうよ。いくら引き止めても絶対地上に帰るって聞かないのよ。角兵衛、一体どうなってるの」
 床に飛び散った壺のかけらを広い集めながら角兵衛は答えた。
「再三説得してますけど、あの能天気、いや、浦島さんもなかなか強情で、理屈がわからぬアホなりに、いや、浦島さんなりに決めたようでして」

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