小説

『ものがたりの続き』原口りさ子(『人魚のひいさま』)

 ところで、人魚たちが憎んでいたのは人間だけではありませんでした。人魚姫の物語を知っている人であれば、誰のことか、すぐ想像できるでしょう。そう、それは人魚姫に薬を与えた海の魔女のことです。

 娘を失い、悲しみに溺れた人魚の王様は、物語の筋を曲げ、ずる賢い魔女が姫をそそのかし、人魚姫を騙したかのように物語を作り替えました。そして、その物語を街じゅうに広めました。今日、私たちが聞いている童話も、残念ながら、その影響を受けてしまっている部分が多くあるのです。
 やがて、王様は魔女の住処へ兵隊をお送りになるとお決めになりました。それらはみな、かなしさ故の行動でしたが、これほど愚かな行為はありませんでした。
 はじめのうちは、人魚の民たちは魔女という言葉すら、口に出そうとはしませんでした。何故なら、魔女はあらゆるところに耳を持ち、見えない手でものを操ると信じられていたからです。他にも、生まれたばかりの人魚の子供を食らうだとか、子供に変な薬を与え死なせてしまった、とかいった様々な魔女に関する噂が人魚の民の耳へと入っていました。彼らは、魔女の持つ得体の知れない力を恐れていたのです。
 人間も人魚も、大数になるにつれ、気が大きくなるところがあります。王様に命令された人魚の兵隊は、冷たい水の中を、勇ましく、進んでいきました。彼らは、人間は大勢いるから倒すことは出来ないけれど、たった一人の魔女を倒すことは、簡単なことだと思っていました。そして、それが自分たちの平和のために、必要なことだと信じていたのです。
 兵隊の出発から一週間も経った頃には、使いのものが、魔女との戦いの勝利を伝えました。魔女との戦いがどのようなものだったのかを、兵士たちは、決して語ろうとしません。ただ確実なことは、魔女が住処から去っていったこと、そしてその住処は跡形もなくなってしまったこと、ただそれだけです。
 王様は、魔女の住処のあとの近くに、新しい御殿をお建てになりました。そして、人間から逃れた人魚たちも、同様にすみかを移していきました。そこは、太陽の光もほんの少ししか差し込まないような暗い紫色の土地でしたが、彼らは、きらきらと光る貝殻をあちらこちらの屋根や壁にはりつけ、美しく幻想的な街を築き上げていきました。貝殻の光は夜になると少し弱まり、四季を通して色を変えていきます。それは、海の底に星空が広がっているかのようでした。

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