小説

『トマトジュースは健康に良い』祀水(『ヘンゼルとグレーテル』)

 二人が小屋に住み始めたときからしばらく経った、ある日のことです。毎日お菓子ばかり食べていては体重が増える一方ということで、木の枝と紐で作った簡単な罠を持って、妹はお出かけに行きました。狙いはうさぎです。家の周りに生えている柔らかい草を摘んで、森の中に罠を備えつけます。
 うさぎが草を食べに近づくと、枝の籠が落ちてくる仕組みです。人間が近くにいると警戒して出てこないかもしれないので、妹は一旦家に帰ったのでした。
「そろそろかかってるかなー?」
 その日の夕方のことです。妹がそう言って立ち上がると、森で見つけてきた野草を刻んでいる姉から質問が飛んできました。
「何のこと?」
「今朝うさぎ獲りの罠を仕掛けてきたんだよ。お姉ちゃんお菓子以外のものが食べたいって言ってたでしょ?」
「あぁ。わざわざ捕まえてくれたの?」
「まだ上手くいったかどうか分かんないけどねー」
ちょっと見てくるよ。そう言って妹は罠を仕掛けたところへと歩き出しました。ワクワクしながら覗いてみると、うさぎの薄茶の毛皮が視界を掠めました。やった! 上手くいきました。しかし次の瞬間、強烈な眩暈に襲われ視界が歪みました。身体をまっすぐに保つことが出来ません。そのまま身体が倒れていく感覚がして、妹は目の前が真っ暗になったのでした。
 遠くのカラスの鳴き声で妹は目を覚ましました。酷く頭がズキズキしています。目を擦って、そうだうさぎはと見てみると、どういうことでしょう。枝の籠は無残にも引き裂かれてバラバラになっていました。枝の間には薄茶の毛のようなものが散乱しています。そしてそれらには、真っ赤なトマトジュースがふりかかっていたのでした。よく見ると自分の手もトマトジュース塗(まみ)れです。妹は首を傾げました。トマトジュースなんて持ってきていないのに、どこから湧いたのでしょう。そして、うさぎはどこに行ったのでしょうか。頭をひねりながら川へ手を洗いに行った妹は気づきませんでした。もうすぐ夕ご飯の時間なのに、お腹がいっぱいなことに。

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