小説

『トマトジュースは健康に良い』祀水(『ヘンゼルとグレーテル』)

 二人がいつか食べたクッキーの香ばしい香り、チョコレートの甘い匂い、生クリームのデコレーション。
 お菓子で出来た扉がそこにはあった。
 つい先程はそんなもの無かったのに、今は確かに存在していた。
その扉は路地の中で浮いていて、明らかに可笑しかった。
 しかし迷っている時間は無かった。怒鳴り声がすぐそこまで迫っている。
 姉は意を決して、マシュマロで出来たノブを握るとゆっくりと回した。

「そこか!」
 店主が息を切らしてその路地に躍り出ると。
「チッ! どこに逃げやがった……!」
 そこには何も無かった。

§§§

 扉を開けると、そこは森でした。
 青々と繁る葉っぱの隙間から陽の光が差し込み、鳥のさえずりが聞こえます。
歩いてみると、茂みから顔を覗かせたうさぎと目が合ったり、親子で仲良く草を食んでいる鹿を見かけたりしました。
 でも、なんだか変なのです。
「なんなのかしら……」
 その森の木には、お菓子が生っていたのでした。
 ドーナツにアップルパイ、チョコレートケーキ、シュークリーム。
 甘い香りを振りまきながら、誘う様にゆらゆらと揺れるお菓子に、お腹が空いていた二人は無意識のうちにその実をもいでいました。

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