小説

『そうよ相応』番匠美玖(『人魚姫』)

 寝かされていたベッドの脇に鏡を見つけて、ゆっくりと体を起こす。
 着せられていた人間の着る服を床に落として、鏡に映る自分を見た。
 光の届かない深海で暮らしていたせいで、透明に近い白い肌。薬で人間になったから、どんな足が生えてくるのか心配だったけれど、なかなか綺麗な足になったと思う。自慢のうろこが無くなっちゃったのは残念だけれど、瞳とゆるくウェーブした髪は、あたしの大好きな紫のままだ。
「これから素晴らしい世界が待っているんだから、うまく王子様に好かれなきゃ……ね」
 自分に喝を入れる。けどとりあえずは、誰かがここに来るまでもうひと寝入りしようかな。

 
「貴女はどこから来たのですか?」
 またこの質問かぁ。さっきも説明したんだけどな。もちろん、あたしのつくり話。
「だ……あの、使用人さんから聞いたのですが、あたしの住んでいた国とここは、とても遠いみたいで……」
 あぶない。〝だからぁ〟って、言っちゃうところだった。
「あ、あたしが船長さんの言うことを聞いて、甲板に出ていなきゃこんなことには……」
 突然のことに動揺して、混乱して、心細くて泣きそうな女の子、のフリ。
 目の前の王子様には通じるかしら。

 寝ていたあたしを起こしたのは、優しい顔立ちのおばさんだった。この宮殿の使用人らしい彼女は、あたしの素性はいっさい聞かないで、あたしをお風呂に入れてくれたりと、身の回りの世話をしてもらった。
 でもそのおばさんから別の次女へバトンタッチされると、質問の嵐が始まった。

 そしてあたしは今、王子様の前に登場させられている。
 重たいドレスを着せられて。

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