小説

『三万年目』清水その字(古典落語『百年目』)

「そっか、私も同族で最後の生き残りだヨ」
 寂しく笑うマカ。同族というのが具体的に何のことなのかは分からないが、いつも陽気な彼女が悲しげな表情を浮かべるのは初めてだった。
 彼女がどれほど長い時を生きてきたのか知らないし、妖怪としてはまだ若造のハナグロにその悲しみは分からないだろう。だが恋仲だった三毛が死んだとき、自分一匹が取り残されたような感覚を覚えた。
「我々は同じ妖怪じゃありませんか。生まれは違えど、仲間ですよ」
「……そうだネ」
 クスリと笑い、彼女はハナグロの手を引いた。マカが背を向けた瞬間、また彼女の尻尾が見えることを期待した。だが、今度はスカートがひらひらと揺れるだけだった。
 二人、もとい二匹の妖怪は入場チケットを買い、館内へ足を踏み入れた。現代の妖怪は意外なことに現金を持っており、木の葉を銭に変えて人間を騙すようなことは悪習として廃れている。戦時中にはすでに『狐の子供が本物のお金で人間から手袋を買った』という記録が残っているのだ。妖怪の文化も時代と共に変わるのである。
 館内は平日のため人は少ないが、学生らしい客が展示物を熱心にスケッチしており、その近くでは警備員が親子連れにトイレの場所を教えたりしていた。最初の区画には古代生物の化石や模型が展示されており、見上げるほど巨大なものもあった。
「おおー。懐かしい骨がいろいろあるネ」
 館内を見回し、マカが感嘆の声を上げた。
「懐かしい?」
「あ、ホラ! こいつの肉、美味しかったんだヨ!」
 彼女が嬉しそうに指差したのは、がっしりとした獣の頭蓋骨だ。牙がないあたり草食獣のようだが、鹿の骨とも違う。ちょっと待て、とハナグロは心の中で呟いた。館内にも何度か出入りしたことのある彼は、ここにある骨は遠い昔に絶滅した獣の物だと知っている。現にその骨の説明書きには『マクラウケニア およそ二万年前に絶滅』と書かれていた。

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