小説

『伝説のホスト』植木天洋(『口裂け女』『カシマレイコ』『トイレの花子さん』『壁女』『メリーさんの電話』)

 それからしばらく着信はなかった。
 返信。送信。返信。着信は客から。電話を切って送信。送信。返信。返信。メールの最初には必ず相手の名前をつける。間違ったことは一度もない。
 着信。
「わたしメリー、いま、東通りにいるの」
「そっか。じゃあその通りをまっすぐいけば風林会館だね。喫茶店の奥の席にいるよ。迷うことはないと思うけど、道がわからなくなったらすぐに電話して。すぐに迎えにいくから、お姫様」
 電話は切れた。
 しばらく、着信はなかった。営業メールも一通り落ち着いた。
 着信。
「わたしメリー、いま、あなたの後ろにいるの」
 首元に冷たい感触があり、血のような赤い爪の青白い手が零の首に回される。
 零はスマホをおろすと、その手を優しく手に取った。
「ようやくあえた。待ち遠しかったよ。今日もすごく綺麗だね、メリーさん」
 ひやりとした手にそっとくちづけをしてから、ゆっくりと振り返る。そして満面の笑みを浮かべた。
「さあ、行こうか……」


「……なんて話があってね」
「やだー、なにそれー、こわーい」
 キャーキャーとはしゃぐ派手目の女客に、新米ホストが声を潜める。
「まあ、俺らに伝わる伝説っていうか」
 軽薄な印象のホストは巧みな話術で客を引きつけ、話を聞き、様々なゴシップを提供する。
 今回の話のネタは、伝説のホストだった。
「ほら、都市伝説にあるだろ? 口裂け女とか、トイレの花子さんとか。そういうのをさ、片っ端から口説いて、成仏させたカリスマがいたらしいんだよね」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14