小説

『キオ』大前粟生(『ピノキオ』)

 おじいさんは親子が公園を出ていったのを見ると、荷物をまとめてどこかへ去っていった。
 どこもおじいさんを受け入れてくれなかった。駅では駅員に追い払われた。路地のなかは警官に追い払われた。河原にはスペースがあったが、男子中学生に襲撃されて、動画を撮られながらおじいさんは逃げた。けれどおじいさんは死にはしなかった。

 ある日、おじいさんは空き缶を集めて換金しようと街をぶらついていた。通りを歩く人たちはおじいさんと目を合わさないようにするが、すれ違ってしまうと振り返っておじいさんを見た。おじいさんはそんなことには慣れてしまっていたので、目を道路に貼り付けて歩いていた。どれくらい歩いただろうか、さっきから喪服姿の人がちらほらと歩いている。その人たちはおじいさんと同じ方向に歩いていて、前方にあるお寺に吸い込まれていった。おじいさんはちらっと門のなかを見て、足を止めた。開かれた障子や襖のなかの、外からよく見える部屋に喪服姿の連中がたくさんいる。その連中を見渡すようにして大きな遺影が檀の上に乗っていた。あの男の子だった。おじいさんは焦点の合わない目でじっと見た。
 お寺のなかにいた男の子の父親がおじいさんの姿に気づいて早歩きで近づいてきた。靴も履かないままで。
「おい、あんた」父親は声をあげた。おじいさんは体を震わせて、数秒その場で固まったあと、その場を走り去っていこうとしたが、つまづいて、ころんで、持っていた空き缶を入れた袋を地面に落とした。
「待てよ。あんた、なにか知ってるんじゃないのか? ゲンは公園のすぐ側で事故にあったんだ」
 父親はおじいさんを追いかけはしなかった。父親はまだなにか叫ぼうとしていたが、おじいさんの姿はすでに見えなくなっていて、叫びを噛み殺した。いくつかの空き缶が倒れようとくるくる回転して、倒れた。
 おじいさんはほとんど過呼吸のように肩で息をしながら走っていた。胸の上に手が添えられている。泣いているようにも見えるが、汗が大量に出ているから、頬を濡らしているのがなんなのかわからない。おじいさんは振り返らずに走りつづけて、公園に着いた。呼吸と動悸が落ち着くと、砂場にいってまるでそこにあの男の子がいるかのように、山を作ったり土の人形を作ったりした。その日は砂場でねむった。

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