小説

『キオ』大前粟生(『ピノキオ』)

 猫のような顔をした母親とキツネのような顔の父親が歩いている。その間に男の子がいるが、ふたりは気にせずに話している。
「あの公園に、ホームレスの人がいるなんて知らなかった。いままではいなかったのに」
「ローテーション? とかじゃないの? 夏は河原で、冬は公園みたいな。知らないけど」
「なんか、こわくない?」
「そうかあ? なんもしないっしょ。あの人たちにはなんにもできないよ」
「でもだからって、私たちが気を遣って公園を譲るのって、なんかちがうと思う」
「ふーん」
「他人事みたい」
「だって」
「まぁ、そうよね。あなたは土日くらいしかこの子といられないんだから」
「だからこうやって、公園に向かってるじゃないか。なぁ、ゲン」
 男の子はなにも答えない。石を蹴りながら歩いて、両親の話なんて少しも耳に入っていないような顔をしている。
「またあのおじいさんがきたら、あなた注意してよ」
「えー」
「いいから」
「だって、なにもされてないんだろ? 砂場でゲンに話しかけただけなんだろ?」
「手を掴んだのよ。こう、ぎゅうって。そうだよね、ゲン」
 男の子は小さく首を振るが、母親には見えていないらしい。
「こういうのって、男の人がなにかいった方が効果あるんだから」
「わかったよ」
「あ、いた。あの人よ。あの、ひょろひょろのおじいさん」
「うん、いたね。死にそうなおじいさん。でもまだなにもしてないよ」
「そうね。ねぇ、ゲン。砂場いってきてよ。ほら」
 背中を押された男の子は、両親を振り返りながら砂場へ向かう。土曜日なので公園には親子連れがたくさんいるが、おじいさんがいる砂場辺りは透明な線で区切られたように静かだ。

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