小説

『双子倚子』ナマケモノ(江戸川乱歩『人間椅子』)

 文はそこで終わっていた。
 帝は、文の内容に衝撃を受け、自失していた。はらりと、文を床に落とす。覚束無い足取りで、女二人が絡み合い構成された倚子へと近づく。帝の眼には大粒の涙が宿っていた。
 床に膝をつき、帝は自分の娘たちで造られた倚子を力強く抱きしめた。
「あぁ、定子の忘れ形見たちよ。愛しい姫君たちよ。この罪深い父を許しておくれ。お前たちの存在さえ知らなかった、私のことを……」
 悲嘆に暮れる帝の声は震えていた。帝は顔を上げ、妖艶な眼差しを向ける娘たちを見つめる。顔を歪めても、彼女たちの表情が変わることはない。
 ふと、帝は彼女たちの片方が、何かを握っていることに気がついた。文だ。慌てて帝は握られている文を手に取り、内容を確認した。

 私は彰子さまにお仕えする、しがない女房でございます。このたび、主の父であらせられる道長さまの命を受け、先ほど帝がお読みになった文をしたためました。
 天下を収められる帝に対する無礼の数々、お詫びしたくても出来るものではございません。しかしながら、このような文を帝に送るよう強く道長さまに懇願したのは、他ならぬ亡き皇后 定子さまでございます。生前、余命いくばくもない定子さまは道長さまを枕元に呼び寄せ、こうおっしゃったそうです。
 どうか、帝が私の死をいつまでも悲しむようなことがございましたら、懲らしめて差し上げてください。帝が他のキサキや、御子たちに心を配るようお取計いをお願い致しますと。
 このところ帝は定子さまの忘れ形見である媄子さまの死をきっかけに、亡き定子さまを想い嘆くことが多くなったと伝え聞いております。道長さまからことの成り行きを教えられた私は、帝のお心を悲しみから呼び覚ますべく一計を案じました。
 それがこの倚子と、倚子の由来を語った文でございます。
 帝がご覧になった文に書かれたことは全て空事でございますが、そこには亡き定子さまのお怒りが宿っているのです。
 過去の悲しみに囚われるばかりでなく、目の前にある幸福に気が付いて欲しいという定子さまの願いが込められているのです。
 恐れ多くも私は帝を拐かした大罪人。どのような処罰でも甘んじてお受けいたします。ですが、どうか定子さまのお心だけは、帝を誰よりも愛されておられた女人の気持ちだけは、ご理解賜りますようお願い申し上げます。

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