小説

『青い血、赤い鱗』東村佳人(『赤いろうそくと人魚』)

 いつまで経っても、蝋燭を求める人は減らなかった。山の上の宮には、いつも火が灯り、老媼があやめを拾った石段を怪しく照らしたこともあった。夜漁の船が、うねる海からその灯りを見たという声も聞こえてくる始末。
 蝋燭は売れたが、次第に、その蝋燭に絵を描くあやめを気に掛けるものは少なくなっていった。

 みっつ、ぬりてはうみごのため

 蝋燭を塗るための絵の具はすぐになくなった。まだ最初の頃は、仕事の合間を見て老媼が離れた町まで買いに行ったが、それが一年も過ぎる頃になると、その手間を惜しむようになった。
 あやめは何度も頼みにいった。ときに老翁に。ときに老媼に。しかし、二人とも各々の仕事で忙しく、あやめの頼みを聞いてやれるほど、時間を取れるものでもなかった。仕様がなく、彼女はすり鉢に自分の鱗を一枚落として、それを粉になるまで細かく、細かく砕いた。小さな破片が割れる音を聞くたびに、鱗を剥がした部分が鋭く傷んだ。
 赤い鱗の下には、人間とそうは変わらない薄紅がかった無垢の肌が見えていた。
 そこから、また客足は伸びるようになった。

 よっつ、ぬりてはいきるため

 あやめが鱗の塗り粉で描いた蝋燭は盛況だった。艶やかな赤は、光の具合によってはどんな色にも輝き、灯る火を受けて、その紋様はまるで胎児のように揺らめいた。
 絵描きや塗り師が、その鮮やかな朱に魅せられて、「あやめの使う絵の具を教えて欲しい」と頼んできたこともある。老翁も老媼も、それまで購入していた店の名前を教えたが、果たしてそれはあやめが描くような色は出せなかった。
 彼女が使う塗り粉をそのまま売ったこともあったが、他の絵師が筆をそこへ下ろした途端に輝きは失せ、くすんだ海と同じ鉛色になってしまった。その話を聞いて老夫婦はほくそ笑んでいた。「やはり、人魚の子が扱う品だ。人間に扱えるはずがあろうか」。二人は気付いていた。もうどちらも、あやめに絵の具を買い与えていないことに。
 だのにあやめは、どこからか塗り粉を調達して、蝋燭に絵を描き続けていた。二人は全く意に介していなかった。たとえどんな朱を使っていても、蝋燭が売れさえすればよかった。

 いつつ、ぬりてはあやまちて

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