小説

『月満ちる時』但野ひまわり(『竹取物語』)

 こんな悲しいことが他にあるだろうか。
 ようやく授かったと思った子供とわずか三年で別れなければならないなんて。
 私が産んでいなくとも、かぐやは私の子だ。
 かぐやが月の民だと分かってから、様々な葛藤が私の胸で激しく渦巻いたが、行きついた答えはそれだった。
 だが、月の民である娘は迎えに来た者たちと一緒に行ってしまった。その場所はここから遥かに遠く、行く手段もない。二度と会うことのない永遠の別れは何よりも辛い。いっそ、娘なんか初めからいなかったと思えば楽になるのだが、頭に浮かぶのは、かぐやの顔ばかりだ。胸が一層締め付けられ、何かをしていないとおかしくなりそうだった。帰っていく侍たちを横目に、この時間いつもそうしているように私は夕飯の準備に取り掛かった。米を洗い、竈に火を付ける。鍋に水を入れ、沸く間に野菜を切る。
 その間にも、「おっかぁ」と呼んでくれたかぐやの声が、初めてひとりで立ったかぐやの姿が、初めて――私の乳を飲んでくれた時の喜びが頭の中に現れては、私を苦しめた。
 かぐやを失い、私はこの先どうすればいいのだろう。
 そんな時、肩に優しい温もりを感じた。振り仰ぐと、普段あまり感情を表さない夫の顔が、今にも泣きそうに歪んでいた。
 悲しいのは私ひとりではなかった。
 悲しみは夫も同じだったのだ。
 夫は力強く、そして優しく私を抱きしめてくれた。久しくそうしていなかったのに、それが当たり前であるかのように私たちはお互いを抱きしめ合った。
 同じ悲しみを共に涙する夫は、とても情が深くて優しくて、口数は少ないが何より私のことをいつも気にかけてくれていた。子供が出来ない不安と焦りから、夫ときちんと向き合わなかった日々を送った結果、自分でそれらを霞の先へと追いやっていたのかもしれない。
 私は夫の何を見ていたのだろう。何を分かったつもりでいたのだろう。
 真円を描く月の光が開け放っていた窓から差し込んでいる。
 夫は優しく指の背で濡れた頬を拭ってくれた。彼の瞳に私が映っている。
 やがて視界は暗闇になり、唇を重ねた。

     *

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