小説

『月満ちる時』但野ひまわり(『竹取物語』)

 それは――。
 かぐやは元々月の民で、三日後の満月の夜に月へ帰らねばならないという。

 輝く竹から生まれた女の子。
 人より成長の早い体。
 心奪われる程に美しい姿。

 今まで蓋をしていた非現実な事柄が、まるで絡まる紐が解けるように胸の中ですとんと落ちた。
 そうだ。この世の人ではなかったのだ。私たちの子供ではなかったのだ。
 だが、私の乳を飲み、私と夫の腕の中で眠り、私のことを「おっかぁ」と、夫のことを「おっとう」と呼んだ。
 そのことに間違いはない。

     *

 かぐやが月へと帰る時は、なんともあっけないものだった。
 どうにか阻止しようと帝は多くの侍たちを連れて来たが、雲に乗って現れた、月の民たちの操る不思議な笛の音で、戦を始める前に皆眠りこけてしまった。
 俺と妻は事前に別れの挨拶をしていたものの、目が覚めた時に感じた喪失感は言葉では言い表せない。何が起こったのか分からず、おずおずと帰っていく帝と侍たちを見送り、ふと心配になって妻を見やると彼女は外に出て月を見上げていた。その顔は必死に何かをこらえるように歪んでいる。そして何も言わず、いつもそうしているように、家に戻り夕飯の準備に取り掛かった。言葉を掛ければ何かが崩れていきそうで、俺も必死に唇に力を込めた。台所に立つ妻の肩が小刻みに揺れている。俺は立ち上がって台所へと下り、葱を切ろうとしている妻の肩に手を置いた。驚いたように見上げる妻の瞳には、みるみる涙が盛り上がり、次々に頬を伝っていく。
 どんなにかぐやを愛していたか、どんなに娘を大事にしていたか、そして、どんなに辛く悲しいのかが妻の涙すべてに表れていて、気づけば俺は妻を強く抱きしめていた。
 お前はひとりじゃない。
 そう言い聞かせるように。

     *

1 2 3 4 5 6 7 8 9