小説

『ある夜の出来事』長月竜胆(『じゃがいもどろぼう』)

 二人は慌てて墓石の陰に身を潜めた。
「いたた……何かに引っ掛けて手を切ってしまった」
「いいから静かにしてろ!」
 怪我をしてうろたえる男の頭をもう一人が押さえ込む。二人は息を殺して様子を伺った。
 そこに現れたのは、提灯を持った二人の男。一人は身なりのいい初老の男で、もう一人は腰の低い若い男である。実は、彼らこそがジャガイモの落とし主である商人とその使用人だった。
「この辺りで間違いないんだね? 何も見当たらないが……」
「恐らくそうだと思います……しかし、急いでいたものですからはっきりとは……」
「全く! 遅れそうだからって、こんな所を通るものじゃありませんよ。必ず見つけて、私の前に持ってきなさい」
 二人は運送中に落としたジャガイモを探しに来たのだった。
 隠れて様子を窺っていた男二人は、提灯の灯りを人魂と勘違いしたために、すっかりパニックに陥っていた。
「まずいぞ。大鬼と子鬼が俺たちを探している」
「見つかったら何をされるか……そうだ! 俺に考えがある」
 男はそう言うと、ジャガイモを一つ掴んで放り投げた。遠くで鈍い音が鳴る。
「何だ?」
 商人が驚いて音のした方へ提灯を向けるが、不気味な静寂と暗闇だけが広がっている。
「なるほど。注意を向けてその隙に逃げるんだな」
 と、もう一人の男も同じようにジャガイモを投げる。ところが、手を怪我していたために、ジャガイモはあらぬ方向へ飛んで行った。そして、墓石に当たって跳ね返ると商人の前に転がる。
「どういうことだ。ジャガイモが飛んできたぞ」
 商人は不思議そうにジャガイモを拾う。そして、手に取ったジャガイモに目を向けた瞬間、急に悲鳴をあげた。
「ち、血だ! ジャガイモに血がべったりとついている!」
 商人がそう叫ぶと同時に、使用人の男は一人飛ぶように逃げて行った。
「馬鹿者、私を置いて行くな!」
 商人も慌てて後を追う。
 思わぬ展開に、取り残された二人はきょとんとした様子。

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