小説

『蛇と計画』和織(『アダムとイヴ』)

「お母さんて、全然人を見る目がないなって思ったの」
 姉がそう言っていたのを思い出して、急に胸が冷たくなった。考えてしまったことを、後悔した。蛇は、禁断だからそれをイヴに勧め、イヴは、「食べてはいけない」と言われていたから、「知恵の実」に惹かれた。
「私は生さんと話をする度に感心して、でもそれは彼にとっては当たり前のことで、自分がすごく無知な人間なんだって毎回思うんだけど、彼は、そういう私を笑わないでいてくれたの。そういう人は初めてだった。今までは、嫌味みたいなことをいつも言われてたから、自分でもひねくれてた部分があったんだけど、彼といると、自然と、自分で前に進まなきゃいけないな、って思うの。だから、お母さんが「ああいう人は駄目よ」って言ったことが未だにわからない。おかしいでしょ?お母さんも、きっと彼のことは好きになると思わない?何が駄目って思ったんだろう。訊いても答えてくれなったし。きっと何か誤解してるのね」
 聞いていたときは、何とも思わなかった言葉。けれど、今になって考えると、母の言ったことは明らかにおかしい。どうして?と思わせる、そう思わせる為に、差し出されたような言葉。そんな言葉を聞かなければ、姉は生に興味を持ったりはしなかったかもしれない・・・・・だとしたらこれは、誰の計画だった?一体いつから、始まっていた?
 三本目の煙草の火がフィルターに迫り、スマートフォンが鳴った。

狡猾な蛇は、なぜイヴの傍に置かれたのだろう。

 ポケットへ手を伸ばし、それを手にし、画面を見て、震える。

そもそも、食べてはいけない実なのなら、

 母にだけは、手紙を残してきたと言っていた。

なぜ神はあらかじめ、「知恵の木」を隠しておかなかった?

 僕は、もう抜け出せない楽園で、神のコールを受けた。

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