小説

『ユキの異常な体質/または僕はどれほどお金がほしいか』大前粟生(『雪女』)

 暗やみのなか手探りで、ベッドの下に落ちていた毛布を体に巻いて、玄関ドアの上にあるブレーカーを上げにいった。
 灯りがつくと、ベッドの側にひとりの女が立っていた。
「だ、だれ?」僕はびくっとして、毛布が落ちた。「どっから入ってきたんだ」窓も玄関も閉まったままだった。僕の声は震えていた。こわかったのももちろんある。でも、明らかに部屋が冷たくなっていた。エアコンが壊れたわけじゃない。停電でちゃんと消えている。
 振り返った女はびっくりするほど色が白くて、黒髪のロングヘアで、白い服を着ていて、幽霊みたいだった。そして、今まで僕が見てきたどの女よりも美人だった。なにも僕は、男だけというわけじゃない。僕は思わず見惚れてしまったけど、どう考えても不法侵入だ。自衛のためにキッチンにある包丁を握ろうとすると、
「パンツ履いたら?」と女がいった。
 僕は慌てて股間を隠してベッドの下にあるパンツを拾いにいったから包丁を手に持たなかった。女にまんまとしてやられたわけだ!
 でも、まだ希望はあった。包丁を捨てた代わりに、ワンルームのどこかに置いたスマートフォンに一歩近づいたわけだ。通報したらいい。でも、スマートフォンを探すよりも先にパンツを履かないといけなかったし、部屋はますます寒くなっていたからパンツを履いたあとは着込みに着込んで、着込みすぎてろくに身動きができないほど着込んだからスマートフォンを探せなくて、そんな僕を見て女は笑った。笑った顔がかわいかったから、悪い人じゃないのかもしれないと僕は少し安心した。でもパパは死んだんだ。
 女は僕の顔をじっと見た。きれいで、僕は目をそらしてしまった。
「おまえはまだ若い」
 女は僕にそういったあと、未だねむるパパのすぐ近くまで顔を近づけて、ふぅっと息を吹きかけた。ダイアモンドの粉をなかに含んだようにきらきらと輝く息をかけられたパパの顔はみるみるうちに青ざめていった。
「このことを、決してだれかにいってはいけない」女がいった。
 と、突然、僕が返事をしないうちにまた目の前が真っ暗になった。「また停電か」と僕は、ひとりごつというよりは女に向かっていったけど、女はなにもいわなくて、再びブレーカーを上げると部屋が少し暖かくなっていて、女はどこかに消えていた。

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