小説

『ユキの異常な体質/または僕はどれほどお金がほしいか』大前粟生(『雪女』)

 最後の一本になったとき、水がいった。
「絶対……帰ってくる……から。ユキオくんのところに……もどって……くる……から。蒸発して……雪に……」

 そうして、時間が過ぎていって、お金がみるみるうちになくなった。僕はバイトをはじめた。新しいパパを探す気にはどうしてだかなれない。コンビニの店長なんかに僕は怒鳴られて、怒鳴られて、怒鳴られて、もうダメだ。早くやめたい。お金がほしい。ユキにもどってきてほしい。僕はバイトの留学生にセクハラだといわれたり、店長にレジの金を盗んだだろなんていわれてクビになって、やめれたことはうれしかったけどお金はすぐになくなって、次のバイト見つけないとなぁなんて思いながらもなにもせずに過ごしていた。ユキにもどってきてほしかった。
 記録的な吹雪がこの辺りを覆っていた。けれど部屋のなかは暖房が効いていて、僕はただぼんやりと、雪の被害を伝えるニュースを見ていた。外では車が立ち往生し、電車が止まり、たくさんの人が事故にあって怪我をして、街頭に立っていたアナウンサーはまるでバナナの皮を踏んだみたいにきれいにこけた。僕には関係のないことだった。チャイムが鳴った。扉を開けると、ぼやけた天井があった。窓の外ではセミが鳴いていて、僕は濡れた目を拭いながらつぶやいた。
「お金ほしい」

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