小説

『川からの物体M』大前粟生(『桃太郎』)

「なにか、食べるものある? 腹が減るって、こういうことなんだな。すごいな」
 男の子はベッドのマットレスの裏側にナイフで開けた切り込みのなかからラップに包まれたきびだんごを取り出して浦島太郎といっしょに食べる。ああ、こんな男の子まできびだんごを簡単に入手できる世の中なのです。
「ありがとう。すまんな。うわ、なんだこれ。まずっ!」
 浦島太郎は玉手箱の蓋を一瞬だけ開けてなかにきびだんごを放り込む。玉手箱から煙が少しだけ漏れる。
「あれ、おまえ。体が大きくなってないか? 最近の若者みたいだぞ?」そういう浦島太郎もよぼよぼのおじいさんになっているし、玉手箱はきびだんごをもぐもぐしながら大きくなっていくが、浦島太郎はそのことに気づいていない。
「よし、じゃあ、わし、桃太郎を懲らしめてくるわい」
 いったいどうするつもりなのか、力が強かったり特別な能力を持っているわけでもない、主人公としてはパッとしないし〈浦島太郎〉の終わり方もよくわからなくていじけがちな浦島太郎は「今日こそ俺がヒーローになってやるんだ!」と策なんてなんにもないのに嘯いて桃太郎の下へ適当に盗んだ大型バイクで駆けていく。と、カーブでこけて、巨大な玉手箱の蓋が開いてしまう。
 きびだんごを食べた玉手箱なのだ。なかに閉じ込められてあった煙が飛び出し、浦島太郎を、周囲の人びとを、ビルを、街を、桃太郎を、国を、大陸を、ついには地球全体を覆ってしまい、世界は加齢する。
 人類が滅亡し、地球が爆発し、宇宙さえなくなり、別の宇宙が生まれ、新しい惑星が誕生し、空気やなんやかやができ、生きものが生まれ、そのなかからぽつんとまるでなにかのバグみたいに知能を持つ生きものがはびこり、星を支配するようになるだけの時間が流れた。
 ある日、おじいさんは山へしば刈りに、おばあさんは川へ洗濯をしにいく。「あぁ、めんどくさいめんどくさい」とおばあさんがいう。「遠い遠い、はるか昔にはセンタクキっていうものがあったって、伝えられているのにねぇ」おばあさんはボケ気味だからひとりごとをいうのだ。と、上流から、どんぶらこ、どんぶらこ、と桃が流れてくる。「まぁ、なんて大きい桃だこと。これだけ大きいっていうことは、汚染されているにちがいない」
桃はだれにも拾われずに川を流れつづけている。もう海に合流しそうというとき、時間が経って成長し、こらえきれなくなった桃のなかの男の子がひとりごつ。「こんなはずじゃなかった!」
 と、桃から手が生えてくる。

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