小説

『ヘブン・ゲート』木江恭(『羅生門』芥川龍之介、『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

 箸を取り落として叫ぶゆっこに、わたしは慌てて人差し指を突きつけた。幸い昼休みの教室はざわついているので、ゆっこの絶叫も目立たない。
「ゆっこ、ブロッコリー出たよ」
 まよは、ゆっこが口から吹いたブロッコリーをティッシュでそっと隠した。でもまよが単語帳を手放すなんて珍しい。顔にはあまり出ていないが、多分彼女も興味津々なのだ。
「告白、とかじゃないって。その、付き合うとかそういう話じゃないし」
「でもでも!バイト帰りに二人っきりでお茶して、進路の相談に乗ってもらって、その場で『僕にできることがあれば何でも言って』だの『ちゆきちゃんって呼んでいいかな』だの『一生懸命なところ、すごくいいなって思うよ』とか言われたんでしょ!それってもう九十七パーセントくらい告ってんじゃん!」
「ゆっこよく覚えてるね……」
「イケメンの告白シーン萌える」
「落ち着けゆっこ。潰さないようにね」
 まよがゆっこの口に野菜ジュースのストローを突っ込んだ。ゆっこは、パックが凹むほど勢いよく中身を吸い上げる。
「で!ちーは何て返事したの」
「別に、返事とか何も……ただ流れで、土曜日に映画行くことになった」
「デート!」
 ゆっこは天井を仰いで再び絶叫した。
「やばい、あのイケメンとデートとかほんと羨ましい」
「デート……なのかなあ……」
「デートだね」
 冷静なまよにきっぱり断言されて、わたしは反論できずにオレンジジュースを啜る。
 それはまあ年頃の女子として、全く楽しみでないとは言わないけれど、よくわからないというのが本音だ。それと、ちょっと面倒くさい。
 提出の遅れている進路志望票を埋め、試験にしか役立たない方程式を暗記するだけで、今のわたしは精一杯なのだ。恋愛まで想像する余裕なんてあるわけがない。

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