小説

『猫の記憶』柿沼雅美(『黒猫』)

 その日の午前中に、インターネットのニュースで幹久の最期を少し知る事ができた。
 バンド出演のため、大阪のイベント会場へ向かっていた幹久たちは、高速道路で後続車にはねられていた。アンプや楽器を積んだワゴン車を運転していたのはヴォーカルの隆平で、幹久は後部座席に座っていたらしい。
 警察の見解によると、何らかの理由で不具合を起こしたワゴン車を路肩に止め、ハザードランプを付け、エンジンまわりを確認するために外へ出たところではねられた、とのことだった。
 ニュースの下には、高速道路で事故に遭ったらどうするか、という記事が続いていた。今更遅い、と思った。車急停車の原因、発炎筒の使い方、三角表示板の立て方、その全ての情報が麻美には遅すぎた。
 幹久がどうなってしまったのか知る由もなかった。おかげで全く幹久がいなくなったという実感がなかった。ただ、恐怖心が生まれて、メールをすることも電話をしてみることも、一緒に撮った写メを見返すこともできなかった。
 付き合っていた、と言っても友達は信じてくれないだろう。信じてくれたところで何を話せばいいのだろう。バンド自体が解散状態で、先のスケジュールが全て白紙になっていた。
 幹久のニュースの下に、女性の部屋に頭蓋骨、というタイトルのニュースが上がっていた。クリックしてみると、女性が行方不明になっており、その女性と1ヶ月前までルームシェアをしていた中年女性の部屋から、切断された遺体が見つかったと書かれていた。中年女性は冷蔵庫の中に頭蓋骨があるが今は何も話せない、と供述していた。
 幹久と大阪に向かう2日前にした話を思い出した。
 幹久は、人が死んだとしてそれが分からないようにするにはどうしたらいいと思う? と聞いた。麻美は、それは無理でしょー、と返した。血が出れば拭いても科学でバレちゃうし、骨も髪の毛も残りそうだし、人間って大きいし、と言った。幹久は、いやそれはどうかな、と話した。
 それはどうかな、例えばね、例えば俺だったら、髪の毛とかは風呂掃除に使う髪の毛溶かすやつに浸けてみるし、とりあえず体はバラバラにしてみるし、血が怖かったらミイラ化するまで臭い気をつけながら保管するし。肉は大きいミキサー買ってスムージみたいにしてトイレに流せばよくない? そう得意気に言う幹久に麻美は、やっぱり無理でしょー、と言った。死んでも死んだのが分からないくらいがいいんだわ、と幹久はティッシュをゴミ箱に投げていた。その日の幹久は、ジャージの足の裾を脛までまくり上げていた。

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