小説

『桃の片割れ』手前田二九男(『桃太郎』)

 桃太郎はそう言って、俺の手に子犬が繋がれている紐を握らせた。桃太郎の人間性を指摘してやることも出来たが、俺はじっと黙っていた。猿顔は訳が分からないらしく、口を開けたまま突っ立っていた。
 桃太郎が舟に乗り、ゆっくりと水面の上を進んでいく。俺は、猿顔と子犬と共に、じっとそれを見送った。猿顔が口を開いた。あなたは、本当に桃太郎さんと兄弟なのですか?俺は黙って舟を見つめる。
 桃太郎よ、俺とお前は確かに双子として生まれたが、今の俺とお前は全く似ていない。俺はお前ほど太っていない。それほど貧しかったわけではなく、お前の心の方が貧しかったのではないか。育てて貰った人に感謝しているか。鏡を見てみろ。お前の顔は、俺のこぶより醜いぞ。嫉妬や妬みで目がつり上がり、捻くれた性格がひん曲がった口元に表れている。その腐った笑みは人を不快にさせる。お前の顔は、まるで鬼のようだぞ。帽子を被り、服を交換しても無駄だ。父や母でなくとも、島の人間でなくとも、お前が俺ではないことなど、一目で分かる。もう一度、言う。俺はお前ではなく、お前も俺ではない。お前はお前なんだ。
 猿顔が小さくなっていく舟を、じっと見つめている。あいつが戻ってくるまで、ゆっくり待つことにしよう。寝転がった俺の顔を子犬が舐めてきた。

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