小説

『童子と傘』花乃静月(『小人と靴屋』)

 そんなことを言ってのけるお松を、勘吉は驚きの眼差しで見つめた。
「今は絵日傘が売れるのですね。それを思いつかないなんて、わたしたちの頭ももう若くないということでしょうか……」
 返事に困って頭をぽりぽり掻く勘吉を、お松は微笑ましく見つめていた。
 他の品は普段と変わらず残っているが、あの牡丹の傘のおかげで算盤を弾くのが苦にならなかったのが本音だった。そして二本ぶんの材料を仕入れ、勘吉はその晩も、すべての道具を用意して床に就いた。翌朝に目が覚めて作業場を覗けば、絵日傘が今度は二本出来あがっている。それが売れた銭で二本から三本、三本から四本と、材料を増やして置いておく。同じようなことが繰り返し起こった。牡丹柄が続いたかと思えば黄菖蒲に変わっていたり、数輪の皐月が描かれていることもあった。そしてそれらを店先に飾るたびに、金持ち風の男や娘たちが高い値で買っていってくれる。傘屋には次第に小判が貯まっていった。おかげで生活も仕事もしばらくは安定させられると踏んだ勘吉は、ある日用事で出かけた帰りに古着屋に立ち寄った。
「まあ、おまえさん。急にどうしたのですか。着物を買ってくるなんて」
「お松にはずっと苦労をかけたからな。暮らしが落ち着いたことだし、まあ、お礼というかなんというか」
「おまえさん……。わたしには勿体ない物ですね」
「なに、新調してやったわけじゃないんだ。気兼ねなく着るといい」
「ふふ。ありがとうございます。絵日傘を作ってくれた方にも、お礼を言わなくちゃいけませんね」
「……ああ」 
 勘吉は不安を感じていた。毎日誰が、しかも自分たちが寝静まった頃に傘を作っているのだろうかと。後々になって、このつけが回ってきたりはしないかと。
「ねえ、おまえさん。今晩、様子を見てみませんか。寝ずに起きて、作業場を見張るんです」
 勘吉もそれに同意したので、その夜は灯りを一つ作業場に残し、奥の間と隔てる暖簾の陰に二人して身を潜めた。
 何刻が経っただろうか。待ちわびた変化は訪れた。しかし一体どこから、いつ入ってきたのか、勘吉には把握することが出来なかった。それでも、一人の童子が作業場で竹を割って轆轤を取りつけ、糸を通しながら骨組みをしている光景は紛れもなく現実のことであった。もちろん自分たちの子どもではないし、身内の子でもない。色白の顔とは対照的な黒髪で、赤地の小袖を着こんだ童子である。「おまえさん、あの子は」と話すお松の口を急いで押さえた。こちらの存在に気づかれてはいけない。静かに見守っているしかない。そう直感したのだ。勘吉は、寝間着のなかで膝が震えているのを隠すのに必死だった。そんな二人もいざ知らず、手順通りに和紙を貼りだした小さな手は、休みもせずに動いている。黙々と仕上げの工程をこなしたかと思えば、数十分後には見覚えのあるあの牡丹柄の絵日傘が出来あがっていた。勘吉とお松は顔を見合わせた。また童子に視線を戻すと、使った道具はそのままに、すっと立ち上がるとどこへともなく姿を消してしまった。二人は警戒しながら、忍び足で完成したばかりの傘に近づいた。

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