小説

『おっぱい谷』エルディ(落語『頭山』)

「もうちょっともうちょっと」
とやってるうちに熊五郎の手につい力が入る。
「痛え、痛えー」と男の声。
熊五郎は驚いて目を開けると、前にいたのは長屋の食いしん坊八五郎。熊五郎はとっさに手を離し、後ろにのけぞる。
「八じゃねえか。こりゃなんだ、おかみさん」
「だから目つむってろって言ったじゃないか」
「話がちげえじゃないか」
「ちがうもんかい。若々しくて張りがあるのにやわらかいおっぱいだったろ」
「なに言ってやがんだ。男じゃねえか」
「男のじゃだめって言ったかい?」
「言ってねえけど、わかるだろォ。八、てめえェ」
「おれだっていやだよ、熊さんにさわられるのなんて」と八五郎は巨体をゆらす。
「じゃあ断れ、ばか野郎」
「おかみさんが好きなだけごちそうしてやるからって言うもんだからさ」
「どこまで食い意地はってんだ」
「あゝうるさいうるさい。どっちもどっちだよ。さあ、約束だからね。これでもう叫ぶのはやめなよ」
「やだね。あゝもみてえ。若い娘のおっぱいもみてえ」と熊五郎叫ぶ。
おかみさん困り顔。八五郎なにやら思案して、
「そんなにおっぱい好きなら、はずれの神社にお願いしてみりゃいい。確かあそこはおっぱいの神様がいるって」
「なに言ってんだい、八五郎。あそこは子宝や乳の出がよくなるっていうご利益があるだけだ」とおかみさん呆れ顔。
「乳の出をよくしてくれんだろ。じゃあおっぱいのことなら、なんとかしてくれるかもしれねえ」
「なるほどなァ。八もたまにはいいこと言うじゃないか。こうなっちゃ神頼みだ」
「あゝまったくうちの長屋はばかばっかだ。そんなお願いしたらばちがあたるよ」

さっそく熊五郎は神社へ願掛けに行き、観音様に手をあわせる。
「おっぱい様、じゃなかった、観音様。おっぱいをもませてくれ。若々しくて張りがあるのにやわらかいの。頼む。娘のな。あ、さい銭くらいしないとな」

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